64 / 115
64
しおりを挟むすると、近付いて来る男の姿を認めた瞬間。クリスタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「──陛下」
ぽつり、と呟いたクリスタの言葉に被せるようにヒドゥリオンが言葉を発した。
「王妃……! また性懲りも無くソニアを苦しめるのか……! もういい加減にしてくれ」
突然やって来てクリスタに向かって吐き捨てるように言葉を紡ぐヒドゥリオンにクリスタは益々眉を顰める。
やって来たかと思えば突然このような失礼な言葉を投げ付けるヒドゥリオンに、クリスタは話もしたくない、とばかりにくるりと背を向けた。
クリスタの態度に激昂したヒドゥリオンは、足音荒くクリスタに近付き立ち去ろうとしていたクリスタの腕を掴んだ。
「どこに逃げるつもりだ……!? これ以上みっともない真似はやめて、暫く大人しくしている事は出来ないのか!?」
「──何ですって……?」
自分勝手なヒドゥリオンの物言いにぴくりと片眉を跳ねさせたクリスタはくるりと振り返る。
腕を掴んでいたヒドゥリオンの手を振り払い、目を細め睨め付けるように見据える。
「妄言も大概にしてください陛下。私がソニアさんに何をしたと言うのですか? ソニアさんを苦しめた……? 私がどんな行動をして? それともソニアさんに何かを言って苦しめたと言うのですか?」
「それ、は……っ。ソニアがそなたを見る度に怯え、震えるからであって……!」
「怯える……!」
ヒドゥリオンの言葉にクリスタははっ、と鼻で笑う。
「ソニアさんが怯えたから、私が何かをした、と……? 誰かが実際見た訳でも無く、ただただソニアさんが私を見て怯えただけで、姿を見ただけで怯えるから大人しく部屋に引き篭っていろ、と陛下は仰るのですか!? 彼女に害を与えてすら居ないのに? 接触すらしていないのに!? 姿を見せる事がソニアさんの害にしかならないから部屋に引き篭れと陛下は仰るのですね?」
「そ、そこまでは……」
クリスタの言葉にヒドゥリオンは怯み、たじろぐ。
今まではヒドゥリオンにどんな事を言われても顔色一つ変える事無く、クリスタはただ静かにその言葉に従って来た。
ソニアの部屋に近付くなと言われれば、元よりクリスタも必要以上に近付きたくなど無いからその言葉に頷いた。
ソニアを害する事はするな、と言われれば元よりそのつもりなど微塵も無いクリスタは短く頷いた。
そうして、彼の言葉に頷いて来たと言うのに今度は庭の散策をしていただけでこうして血相を変えて乗り込んで来るようになってしまった。
(余計な手間をかけたくないし、無駄な時間を消費したくないから陛下の言葉にただ黙って頷いていたけど……。自分の宮殿ですら自由に歩けないようになってしまうのは流石にやり過ぎだわ)
黙って頷き、その場を長そうとしていた自分にも非がある。
対話を諦めてしまったのは自分のせいだ。
もっとちゃんと諦めずに最初からしっかり話をすれば良かったのだ。
対話をすれば良かったのだ。
(楽な方へ、楽な方へ逃げてしまった私が悪いわね)
だから、とクリスタはしっかり背筋を伸ばし、ヒドゥリオンと視線を合わせて口を開く。
宮殿での生活にまで口を出させるつもりは無い。
「ならば、私の姿が目に入らぬよう彼女には窓の外を見ないよう言い含めて下さい。私が私の場所でただ散歩をする事を止める権利は陛下にも、第二妃にもございません。危害を加えている訳では無いでしょう? ただ、庭園を散策しているだけ。歩いているだけでそのような事を言われてしまえば、私はこれから外に一歩も出る事が出来なくなってしまいます」
それに、とクリスタは目の前に居るヒドゥリオンを見詰めたまま胸中で呟く。
(この人はあの寵姫の事ばかりで耳に入っていないのか……。城中で悪評を流されているのは私の事ばかり……。一度寵姫が私に怯えた目を向ければ、直ぐに噂が広まる。私を見て寵姫が体調を崩せば、私が毒を盛ったのではないか、と囁かれる現状……この人には寵姫しか見えていないのね)
もうとっくに自分の事など頭の中から追い出されているのだろう。
(期待なんてしていなかったけれど……。再確認出来ただけでも上々かしらね……)
ふっ、と一瞬だけクリスタが悲しげに、苦しげに目を細める。
クリスタのそんな表情を目にしたヒドゥリオンはどきり、と心臓が嫌な音を立てた。
そうだ、目の前に居る女性──クリスタも自分の妃だと今更ながらに思い出す。
自分の妻にもう一人の妻に対して酷い事をするな、と考え無しに言いに来てしまった事におくらばせながら気付いたヒドゥリオンはクリスタに向かって口を開こうとしたが、ヒドゥリオンがクリスタに向かって何かを話すより先にクリスタが口を開く方が早かった。
「……私はソニアさんに危害を加えるつもりなんてございません。自分の宮くらい、好きに歩かせて下さい。……私の姿を見たくないとソニアさんが言うのであれば、庭園が見えてしまう方向のローズ宮の窓を塞いで下さい。……それと、陛下もどうぞ早くお戻りになって下さい。……この場所では多くの人目がございますから」
「──っ、」
そこで初めてヒドゥリオンはハッとして周囲を確認する。
クリスタの宮の庭園は見通しが良く、王城からも良く見渡すことが出来る。
よくよく目を凝らして見れば、王城の廊下から。
庭園の外、王城の渡り廊下から。
庭園の外から。
非難するような使用人達の視線が多くクリスタに注がれていて。
使用人同士、ぼそぼそと耳打ちをしてクリスタを恨みがましい目で見たり、貴族の中にはあからさまにクリスタを見下し、嘲笑すらしている者も多く視界に入った。
そんな数多くの好奇の視線に晒されているクリスタの姿に、ヒドゥリオンは戸惑い、バツが悪そうにしながら見を翻し、戻って行った。
41
お気に入りに追加
2,035
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています
氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。
それは、絵に描いたような契約結婚だった。
しかし、契約書に記された内容は……。
ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。
小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。
短編読了済みの方もぜひお楽しみください!
もちろんハッピーエンドはお約束です♪
小説家になろうでも投稿中です。
完結しました!! 応援ありがとうございます✨️
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

【本編完結】たとえあなたに選ばれなくても【改訂中】
神宮寺 あおい@受賞&書籍化
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。
伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。
公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。
ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。
義母の願う血筋の継承。
ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。
公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。
フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。
そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。
アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。
何があってもこの子を守らなければ。
大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。
ならば私は去りましょう。
たとえあなたに選ばれなくても。
私は私の人生を歩んでいく。
これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読む前にご確認いただけると助かります。
1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです
2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています
→ただ今『皇太子』を『王太子』へ、さらに文頭一文字下げなど、表記を改訂中です。
そのため一時的に『皇太子』と『王太子』が混在しております。
よろしくお願いいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。
読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる