冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 すると、近付いて来る男の姿を認めた瞬間。クリスタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「──陛下」

 ぽつり、と呟いたクリスタの言葉に被せるようにヒドゥリオンが言葉を発した。

「王妃……! また性懲りも無くソニアを苦しめるのか……! もういい加減にしてくれ」

 突然やって来てクリスタに向かって吐き捨てるように言葉を紡ぐヒドゥリオンにクリスタは益々眉を顰める。
 やって来たかと思えば突然このような失礼な言葉を投げ付けるヒドゥリオンに、クリスタは話もしたくない、とばかりにくるりと背を向けた。

 クリスタの態度に激昂したヒドゥリオンは、足音荒くクリスタに近付き立ち去ろうとしていたクリスタの腕を掴んだ。

「どこに逃げるつもりだ……!? これ以上みっともない真似はやめて、暫く大人しくしている事は出来ないのか!?」
「──何ですって……?」

 自分勝手なヒドゥリオンの物言いにぴくりと片眉を跳ねさせたクリスタはくるりと振り返る。
 腕を掴んでいたヒドゥリオンの手を振り払い、目を細め睨め付けるように見据える。

「妄言も大概にしてください陛下。私がソニアさんに何をしたと言うのですか? ソニアさんを苦しめた……? 私がどんな行動をして? それともソニアさんに何かを言って苦しめたと言うのですか?」
「それ、は……っ。ソニアがそなたを見る度に怯え、震えるからであって……!」
「怯える……!」

 ヒドゥリオンの言葉にクリスタははっ、と鼻で笑う。

「ソニアさんが怯えたから、私が何かをした、と……? 誰かが実際見た訳でも無く、ただただソニアさんが私を見て怯えただけで、姿を見ただけで怯えるから大人しく部屋に引き篭っていろ、と陛下は仰るのですか!? 彼女に害を与えてすら居ないのに? 接触すらしていないのに!? 姿を見せる事がソニアさんの害にしかならないから部屋に引き篭れと陛下は仰るのですね?」
「そ、そこまでは……」

 クリスタの言葉にヒドゥリオンは怯み、たじろぐ。

 今まではヒドゥリオンにどんな事を言われても顔色一つ変える事無く、クリスタはただ静かにその言葉に従って来た。
 ソニアの部屋に近付くなと言われれば、元よりクリスタも必要以上に近付きたくなど無いからその言葉に頷いた。
 ソニアを害する事はするな、と言われれば元よりそのつもりなど微塵も無いクリスタは短く頷いた。

 そうして、彼の言葉に頷いて来たと言うのに今度は庭の散策をしていただけでこうして血相を変えて乗り込んで来るようになってしまった。

(余計な手間をかけたくないし、無駄な時間を消費したくないから陛下の言葉にただ黙って頷いていたけど……。自分の宮殿ですら自由に歩けないようになってしまうのは流石にやり過ぎだわ)

 黙って頷き、その場を長そうとしていた自分にも非がある。

 対話を諦めてしまったのは自分のせいだ。
 もっとちゃんと諦めずに最初からしっかり話をすれば良かったのだ。
 対話をすれば良かったのだ。

(楽な方へ、楽な方へ逃げてしまった私が悪いわね)

 だから、とクリスタはしっかり背筋を伸ばし、ヒドゥリオンと視線を合わせて口を開く。
 宮殿での生活にまで口を出させるつもりは無い。

「ならば、私の姿が目に入らぬよう彼女には窓の外を見ないよう言い含めて下さい。私が私の場所でただ散歩をする事を止める権利は陛下にも、第二妃にもございません。危害を加えている訳では無いでしょう? ただ、庭園を散策しているだけ。歩いているだけでそのような事を言われてしまえば、私はこれから外に一歩も出る事が出来なくなってしまいます」

 それに、とクリスタは目の前に居るヒドゥリオンを見詰めたまま胸中で呟く。

(この人はあの寵姫の事ばかりで耳に入っていないのか……。城中で悪評を流されているのは私の事ばかり……。一度寵姫が私に怯えた目を向ければ、直ぐに噂が広まる。私を見て寵姫が体調を崩せば、私が毒を盛ったのではないか、と囁かれる現状……この人には寵姫しか見えていないのね)

 もうとっくに自分の事など頭の中から追い出されているのだろう。

(期待なんてしていなかったけれど……。再確認出来ただけでも上々かしらね……)

 ふっ、と一瞬だけクリスタが悲しげに、苦しげに目を細める。

 クリスタのそんな表情を目にしたヒドゥリオンはどきり、と心臓が嫌な音を立てた。
 そうだ、目の前に居る女性──クリスタも自分の妃だと今更ながらに思い出す。
 自分の妻にもう一人の妻に対して酷い事をするな、と考え無しに言いに来てしまった事におくらばせながら気付いたヒドゥリオンはクリスタに向かって口を開こうとしたが、ヒドゥリオンがクリスタに向かって何かを話すより先にクリスタが口を開く方が早かった。

「……私はソニアさんに危害を加えるつもりなんてございません。自分の宮くらい、好きに歩かせて下さい。……私の姿を見たくないとソニアさんが言うのであれば、庭園が見えてしまう方向のローズ宮の窓を塞いで下さい。……それと、陛下もどうぞ早くお戻りになって下さい。……この場所では多くの人目がございますから」
「──っ、」

 そこで初めてヒドゥリオンはハッとして周囲を確認する。

 クリスタの宮の庭園は見通しが良く、王城からも良く見渡すことが出来る。
 よくよく目を凝らして見れば、王城の廊下から。
 庭園の外、王城の渡り廊下から。
 庭園の外から。

 非難するような使用人達の視線が多くクリスタに注がれていて。
 使用人同士、ぼそぼそと耳打ちをしてクリスタを恨みがましい目で見たり、貴族の中にはあからさまにクリスタを見下し、嘲笑すらしている者も多く視界に入った。

 そんな数多くの好奇の視線に晒されているクリスタの姿に、ヒドゥリオンは戸惑い、バツが悪そうにしながら見を翻し、戻って行った。
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