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 ソニアの懐妊が分かってからと言うもの。
 ヒドゥリオンは目に見えてソニアの側に居る時間が多くなった。
 元々、ソニアを連れ帰って来てからクリスタとヒドゥリオンが揃う姿を見る機会は以前より減ってはいたが、今では殆ど無い。

 国内で王家主催の大きな催し物が無いと言う事もあるが、それにしても以前までは国王夫妻が週に一度は共に取っていた朝食の機会も。
 月に二度程は取られていた夫婦としての時間も。
 全てが無くなった。

 ヒドゥリオンの顔を全く見ない日が何日もある程で、クリスタはじりじりと自分の居場所が少しずつ少しずつ無くなって来ている事を悟る。
 クリスタが執り行っていた事も、怪我を理由にヒドゥリオンが引き継ぎそれがいつの間にかソニアの仕事になっている、と言う事がどれだけあったか。
 自分が立っていた場所に少しの違和感も抱かずソニアが立っている。

 国内の貴族も、国民も。ソニアが昔からそこに居た、と言うばかりに接する。



 そして、そんなある日。

「クリスタ様」
「ギルフィード王子?」

 クリスタの下にギルフィードが訪れた。

 普段の溌剌とした様子はなりを潜め、項垂れているような様子のギルフィードに、クリスタは慌ててソファから立ち上がった。

「なんだか、様子が変ね……。何かあったの……?」
「それが……」

 ギルフィードは悔しそうに一度唇を噛み締めた後、口を開いた。

「一度、国に戻らなくてはならなくなってしまいました……」
「──!」

 しゅん、と肩を落とし暗い表情で告げるギルフィードに、クリスタは「そうだった」と思い出す。

 今まで当たり前のように自分の側にいて、治癒魔法を掛けてくれたり、支えてくれていたがギルフィードはこの国の貴族では無い。
 隣国クロデアシア王国の王族──第二王子だ。

 そもそも、建国祭に国賓としてやってくる予定だったギルフィードが旧知の中であるキシュートと会うために早めにディザメイアにやって来たのだ。
 建国祭が終わればギルフィードは自分の国に戻らなければならない。
 むしろ、第二王子であるギルフィードがここまで長く滞在出来た事が奇跡に近いのだ。

「そ、そうよね……。私の怪我のせいでギルフィード王子が帰る事が出来なくなってしまってごめんなさい。正式にお礼状を認めて、お礼の品も贈るわ」
「クリスタ様の治癒は、私の我儘で続けさせて頂いただけですから……。ただ、こんな状況でクリスタ様の側を離れる事になってしまい、申し訳ございません……。こんな時なのに、キシュートが戻って来ないから……」
「確かに……キシュート兄さんはあれから音沙汰が無いわね……。手紙を送っても何も返って来ないし……大丈夫かしら」
「城から離れれば、私たちに掛けられている制約魔法もなくなりますから、滅多な事でも起きない限りキシュートは大丈夫だと思います」
「そうね、きっと大丈夫ね。それで……ギルフィード王子はいつ頃この城を? 国賓であるギルフィード王子を見送るのですもの。陛下にも──」
「国王陛下には知らせず結構です。ひっそりと城を立ちますから……ああ、でもクリスタ様には見送って欲しいかもしれません」

 忙しくて無理ですか? と首を傾げるギルフィードにクリスタはゆるりと首を横に振る。

「私だけでいいの? 忙しくはないわ。私が行っていた仕事の多くは今やソニアさんが引き継いでいるから……」
「──っ。すみません、本当に……」
「気にしないで。でも、寂しくなってしまうわね……」

 クリスタが悲しそうに、寂しそうに眉を下げて言葉を零した。
 その光景を見たギルフィードは、胸が締め付けられるようにきゅう、と痛み、躊躇いがちにそっとクリスタの肩に触れた。

 そしていつものように治癒魔法を発動し、クリスタの背中から肩に掛けて残る傷跡を治癒する。

「大丈夫、です。また直ぐにクリスタ様の所に戻ってきますから」
「──え、?」

 次会えるのは数年後とかになってしまうのかしら、もしかしたらもうこの先会う事がなくなってしまうかも……、と感傷に浸っていたクリスタは、意外なギルフィードの言葉に驚いて、ギルフィードを見上げた。

「陛下に提案する予定なのです。我が国と、ディザメイア王国合同で狩猟大会を開こう、と──」
「狩猟、大会……?」
「ええ。三ヶ月後に丁度狩りが解禁されますから、その時期に。両国の友好関係を周辺諸国に知らしめるためにも」
「た、確かに……それは良い案だと思うけど……」
「でしょう? 我が国の陛下には既に許諾を得ておりますので、後はディザメイアの国王陛下に話を致します」

 微笑むギルフィードに、クリスタはまたギルフィードに会う事が出来るのか、と考えて自然に笑みが浮かんだ。
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