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 何故、国境に向かう近道を使用したら賊が襲って来たのか。
 キシュートは自らの長剣に魔法を纏わせ、護衛達の間を抜けて自分に向かって来る賊を座ったまま横薙ぎに斬り捨てた。

 王城の敷地内にさえ居なければ攻撃魔法の制約は無い。
 そして、キシュートはクリスタと遠からず血の繋がりがある。
 王族の親戚が居る、と言う事はキシュート本人にも魔法の才はある。

(賊は、私の事を知らない? 国内の貴族に雇われた者であれば、アスタロス公爵家当主である私を知らない事は無い。……他国……つい先月まで我が国と争っていた国境沿いの隣国か?)

 そうであれば益々きな臭くなって来たではないか、とキシュートは撤退か、そのまま強行するか悩む。

(小競り合いを続けていた隣国の賊が入り込んでいるのであれば、国内に手引きをしている者が居るはず……。ああ、嫌だ。大事になっているような気がして本当に嫌だ──)

 国境沿いに向かうのであれば。
 このような妨害が再び起こるのであれば。
 こちらも少数の護衛だけでは無く、手練の護衛をもっと増やさねばならない。

 前方で剣戟の音と、魔法が炸裂する派手な音が聞こえて来て、キシュートは腰を上げた。
 今引き返しても戻る道中を狙われてはたまったものじゃない。それならば公爵家に使いを出して増援を頼むしかない。

(クリスタも面倒な事になっていなければいいが……)

 温室で別れた可愛い従姉妹を思い出し、キシュートは溜息を零す。
 ギルフィードが側に残るとは言え、些か心配も残る。戦力ではこの国の貴族である自分がクリスタの側にいるよりも制約魔法が緩いギルフィードがクリスタの側に居る方が断然良い。

(けれど……。ギルフィードはクリスタの事になると暴走しがちだ。無茶をしなきゃいいが……)

 国境沿いに向かい、あの場所の現状を見て。
 そして何が起きたのかを確認したら今の状況が覆るかもしれない。

 キシュートは未だ戦闘が止まない方向へスタスタと足を進めた。


◇◆◇

 場所は変わって、王城。
 時は少しだけ遡り、ソニアの私室。

 保護されていた時とは違いヒドゥリオンの第二妃として迎える事が決まってからソニアは城の客間から部屋を移動していた。
 正式に妃としてローズ宮を与えられている。そのため、ローズ宮に部屋を移したソニアだったが、部屋に戻って来るなりソニアはソファのクッションを一番年上の侍女に投げ付け、鬱憤を晴らしていた。

 ローズ宮に戻って来るなり、年若い侍女の姿が見えず、それが更にソニアの怒りを増大させていた。

「──あの侍女がクリスタに余計な事を言わなければこんな惨めな思いをしなくて済んだのに! あの侍女は一体何処に行ったの!? 罰してやらないと気が済まないわ!」
「お、落ち着いて下さいソニア様……! 興奮するとお体に悪いです!」

 ソファにあったクッションを手当り次第侍女に投げ付け、ソニアはふうふうと肩で息をする。

「何であんなに言われなくちゃいけないの……っ、あの庭園に入っても良い、と許可をくれたのはヒドゥリオン様よ……!? この国で一番偉いのはヒドゥリオン様でしょう? それなのに、何で王妃如きが……! 決定権なんて無いくせに……!」
「ひとまず、ひとまず落ち着いて下さいソニア様……! お腹のお子に影響が……」
「ヒドゥリオン様、ヒドゥリオン様を呼んで来て……! クリスタに言われた酷い事を一つ残らず全部ヒドゥリオン様にお伝えしなくちゃ……!」

 ソニアが金切り声で叫ぶように告げたその時。
 ソニアの自室の扉が開き、年若い侍女が駆け込んで来た。

 その姿を目に映した瞬間、ソニアは年若い侍女を睨み付け、怒鳴ろうと口を開いたがソニアが声を発するよりも年若い侍女が口を開く方が早かった。

「ご、ご安心下さいソニア様! 先程庭園で起きた事を全て陛下にご報告致しました……! クリスタ王妃がソニア様を貶め、ソニア様を傷付け、しまいにはソニア様のお体を押して転倒させた、と! お子を弑逆しようとされた、と報告を! その報告を聞くなり、陛下は怒り心頭で執務室を出ていかれたので今頃はあの王妃の下に!」

 やってやった、と言うような表情で目を輝かせる侍女に、ソニアの周囲に居た二人の侍女は顔色を悪くさせる。
 そんな大嘘を報告し、それが嘘だったと知られらば。
 ありもしない罪を王妃に科そうとした、としてこちらが処刑される危険がある。

 今すぐにでもその報告を撤回し、頭を下げねば考え無しに動いた年若い侍女のせいで連帯責任として自らも首を落とされる危険性がある。
 真っ青な顔色のまま、一番年上の侍女はソニアに声を掛けようとしたが──。

「──それは、良いわね……。利用させて貰おうかしら……」

 考えるように自分の口元に手を当てていたソニアが醜悪な表情を浮かべ、嗤った。
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