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しおりを挟むクリスタはヒドゥリオンにそう告げたが最後、完全に背中を向けてしまい、ヒドゥリオンはクリスタに何度か話しかけようとしたが諦めたのだろう。
クリスタの背中を睨み付けるようにして暫し視線を送った後、くるりと背を向けて温室の自分が破壊した入口から出て行った。
ヒドゥリオンが出て行ってすぐ、クリスタの侍女達は破壊されてしまった瓦礫片を片付けに走る。
魔法で吹き飛ばされ、無惨に地面に落ちてしまっている多くの花々を集め、悲しそうに唇を噛み締めている。
「──クリスタ様?」
ギルフィードはふらふらとよろめきながら橋があった場所に向かうクリスタを慌てて追う。
あんなにふらついていては、壊れた壁やひっくり返されてしまった花々、捲れた土に足を取られてしまう。
「まっ、待って下さいクリスタ様……! お一人では危ないです!」
「ギルフィード王子……」
先を歩くクリスタの腕を掴み、ギルフィードはクリスタを止める。
土が捲れ、花々が地面に落ちてしまっている。
その花々を踏んでしまわないように気をつけながらギルフィードはクリスタが見詰める先に自分も視線を向けた。
先程からクリスタは池の方向をじっと見ていて。
先程、まだキシュートが共に居る時は皆であの池に掛かる橋に立ち、池に咲く睡蓮の花を眺めた場所だ。
その場所で、嬉しそうに顔を綻ばせ、この温室に咲く花々の説明をしてくれた時のクリスタを思い出す。
この温室には、歴代の王妃が好んでいた花々をいつでも見て楽しめるよう庭師が丹精込めて育てていた。
花々の状態を注意深く見て、時には剪定して美しく咲き誇らせていたのだ。
愛情が無くては、これ程の温室も、庭園も維持など出来ないだろう。
「──許されざる行為だわ……」
「クリスタ様……?」
悲しげに池に視線を向けていたクリスタがぽつり、と呟く。
その視線は悲しみから徐々に怒りに代わり、最後には覚悟を決めたような眼差しになる。
「このままでは、この国の民が、まともな少数の貴族が大変な目に合ってしまうわ。……何の罪も無いディザメイアの国民達が王の愚行で苦労するのは目に見えている、このままじゃいられない」
「……お手伝い致しましょうか?」
ぎゅっ、と拳を握り締めたクリスタの顔を覗き込むようにギルフィードがひょい、とクリスタと目を合わせる。
何か手伝える事があれば言って? と言うような態度のギルフィードにクリスタは眉を下げて優しく微笑む。
「……今でも十分、ギルフィード王子には手伝って貰っているわ。国に帰る事も出来ず、ずっと私に治癒魔法を掛けてくれているし……これ以上ギルフィード王子に迷惑は掛けられない」
「迷惑だなんて……。私は自らの考えで力になりたい、と思っているんです」
むっ、と眉を寄せるギルフィードにクリスタは小さく笑みを零す。
「ふふっ、ありがとう。けれど、大丈夫。私は、私で陛下と戦わなくちゃ」
「──そうですか……。じゃあ、私は私でやりたい事を勝手にやってしまおうかな。キシュートに今日の事を話せば、彼も怒り狂ってクリスタ様をお助けすると思いますから」
「やっ、やめてギルフィード王子! キシュート兄さんが怒ったら手が付けられないのだから!」
慌てて言い募るクリスタにギルフィードはにっこり笑顔を浮かべ、池に視線を戻す。
池に満ちていた水は、ヒドゥリオンの魔法によって跡形もなく蒸発してしまっている。
(俺の防御魔法がもっと強ければ……温室を守れたのに……)
ギルフィードは自分の不甲斐無さに悔しさを覚える。
水と共に吹き飛ばされてしまっていたぼろぼろの睡蓮の中から、ふとまだ駄目になっていない睡蓮を見付け、ギルフィードは無意識の内に水が枯れた池に降り立った。
「──ギルフィード王子!?」
ギルフィードの突然の行動に、クリスタがギョッと目を見開く。
大きな池は、大分深さがある。そんな所に降りて、ギルフィードに怪我を負わせてしまったら、とクリスタは心配になったが池の底で片膝を付いて何かを拾い上げたギルフィードは、その拾い上げた物を持ち、クリスタの下に戻って来る。
池の底からひょいと高低差のある場所に戻り、ギルフィードは申し訳無さそうにクリスタに向かって告げる。
「すみません、私にこの温室を修復出来るような力があれば良かったのですが……。今はこれくらいしか出来ず……恥ずかしい限りです」
「──これ……」
ギルフィードが差し出したのは、くたり、と元気を失ってしまった睡蓮で。
ギルフィードは何かの魔法を発動し、それを睡蓮に掛ける。ギルフィードの魔法を受けた睡蓮はくたりとしていたのが嘘のように見る見る回復していき、活き活きとしている。
そしてギルフィードは氷魔法か何かだろうか。
氷の器を作り出してその中に水を満たし、睡蓮を生ける。
「……庭師のような知識が無いので、直ぐに枯れてしまうかもしれませんが……」
「っ、いいえ、いいえ……、ありがとうギルフィード王子……」
クリスタはギルフィードから手渡された器を大事そうに受け取り、ほろり、と一筋だけ涙を零した。
◇◆◇
「──公爵……、公爵! これ以上お一人で先に進むのはお辞め下さい……っ! 危険です……っ!」
背後から自分を心配し、引き止めるような声を煩わしそうに公爵、と呼ばれた男──キシュート・アスタロスはぶん、と自分の長剣を振るって返り血を落とす。
「ぐずぐずするな」
「我々は公爵程の魔力が無いのですから……っ、付いて来られるだけでも凄いんですよ!? 褒めて下さい!」
「ああ、ほら。また来たぞ、戦え」
「ああ、もう!」
キシュートは手頃な段差に腰掛け、ふうと溜息を零す。
薄暗く、細い一本道が続くこの場所はとある地区に最短で向かう事が出来る抜け道だ。
そしてキシュートが少数の護衛だけを連れてその場所に向かおうとした途端、これだ。
「やはり、あの国境での戦は怪しいぞ、クリスタ」
キシュートは国境に向かう道で、自分達を襲って来た賊を見据え、ぽつりと呟いた。
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