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 納得がいかないのだろう。ソニアは未だにクリスタに向かって何かを叫んでいるようだが、一番年上のソニアの侍女に半ば引き摺られるようにしてクリスタの庭園から姿を消した。

 ソニアが完全に姿を消し、クリスタはほっと息を吐き出してそこで自分の後ろにはギルフィードやキシュート達が居る事を思い出し、先程までの自分の態度を振り返って羞恥に顔を真っ赤にさせてしまった。

(お、大人気無い言い方をしてしまった……! いくらこの庭園が大事だからと言って、もっと冷静に話せば良かったのに……)

 せっかく、自分を心配し、気遣ってくれる人達に醜い姿を見せてしまった、とクリスタが深く恥じていると、ギルフィードが明るくクリスタに話し掛けた。

「クリスタ様。それで、温室はどちらに? 庭師が丹精込めて育てている睡蓮を私達にも早く見せて下さい」
「そうだな、私も早くそれが見たい」

 ギルフィードに続き、キシュートもにんまりと笑顔を浮かべ、クリスタの肩に手を掛けてぐいぐい押して行く。

 敢えて、ソニアの事には一切触れずにいてくれる二人にクリスタは微笑みを浮かべて温室までの道を歩き始めた。



 温室にやって来たクリスタ達一同は、外の庭園と遜色無い程煌びやかに、そして大切に育てられキラキラと元気良く咲き誇る花々に感嘆の溜息をついた。

「──見事ですね。これ程の庭園、クロデアシアにもありませんよ」
「ふふ。ディザメイアは自然豊かな国だから……。他国では咲かない花もあるし。それに、四季折々の花々をここの庭師は温度を微調整して一年中見られるようにしてくれているから」
「ディザメイア国の庭師は相当な腕ですね。季節によって咲かない花を一年中咲き誇らせるなんて……とても大変な事だと思います」
「ふふふ、ありがとうギルフィード王子。後でしっかり庭師に伝えておくわね。クロデアシアの王子殿下が大層褒めていた、って」

 和やかに温室の中を見て回り、一周した所で侍女達が小休憩出来るよう場を整え始める。

 だが、そこで。

「すまない、クリスタにギルフィード。私は急ぎの仕事が入ってしまったので名残惜しいが……ここで失礼するよ」

 知らせが入ったのだろうか。
 キシュートは申し訳なさそうに眉を下げ、クリスタとギルフィードに声を掛けた後、自分の分の用意をしてくれていた侍女達に向かって「すまない」と告げる。

「そうなの……残念だけど、仕方ないわね。少しの時間でも、一緒に回れて良かったわ。またお誘いするからまたお茶をしましょう」
「ああ、クリスタ。また必ず。──ギルフィード」
「うん、大丈夫だ任せてくれ」

 相当急ぎの仕事なのだろう。
 キシュートはクリスタとギルフィードと短い会話をしただけでその場を去って行ってしまう。

 キシュートが去って行く後ろ姿を見ながら、クリスタはぽつりと呟いた。

「そうよね……キシュート兄さんも公爵家当主なのだもの……。普段から仕事で殆どこの国に居ないのに、長い事留まってくれていたのよね……」
「クリスタ様が心配で、私達が勝手にやっている事だから……クリスタ様は気に病む事なんて何一つ無いですよ」
「──ありがとう、ギルフィード王子。貴方も、本当なら国に戻らないといけないのに……こんなに長く滞在していて、大丈夫なの?」
「ええ、我が国は問題ありません。大丈夫ですよ」

 侍女が用意してくれたお茶のカップをクリスタに渡し、ギルフィードはにこやかな笑顔のままカップを口に運ぶ。

 カップの縁で自分の口元を隠しながら、ギルフィードはぽつり、と小さな小さな声で呟く。

「それに、まだこの国での調べ物が終わっていない」
「──? ギルフィード王子、何か言った?」
「いいえ、何も。この紅茶、他国の物ですか? とても香りが良い」

 にこり、と屈託の無い笑顔でギルフィードはクリスタに質問する。
 ギルフィードの質問に、クリスタは楽しそうに一つ一つ、銘柄を答えて行った。




 そして、穏やかなお茶の時間を過ごしてどれくらい経った頃だろうか。


 ──庭園の入口を乱暴に開け、庭園にヒドゥリオンが足を踏み入れた。
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