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しおりを挟む緊張感に包まれながら庭園の入口に向かうにつれ、クリスタの庭園から楽しげな笑い声や、話し声が聞こえて来る。
「──クリスタ様」
「……ええ」
ギルフィードが気遣うように振り返り、クリスタに話し掛けて来る。
中から聞こえて来る笑い声、その声には聞き覚えがある。
クリスタ達は先程まで抱いていた緊張感、緊迫感から解放されたが、クリスタはそれとは別に怒りを覚え始める。
「──何故、寵姫が私の庭園に居るの!?」
クリスタの庭園に、クリスタ以外の人間が入っている。
この庭園はクリスタが前王妃から受け継いだ大切な庭園だ。
その時の会話も、思い出も、全てが汚されてしまったような感覚に陥る。
前王妃が遺した言葉も、国を想う気持ちも、国民を大切に想う気持ちも全部が汚されてしまったような感覚になってしまって。
そして、前王妃の気持ちを蔑ろにしたヒドゥリオンに怒りさえ覚える。
クリスタは怒りを顕にしながら、開けられていた扉から庭園に入る。
色とりどりの花々が咲き誇るその奥に、笑い声の主であるソニアと、そして彼女に付いている侍女が三人程居た。
「──ソニアさん」
クリスタの凛とした良く通る声が庭園に響く。
それまでソニアの笑い声が満ちていた庭園内に、一瞬にしてピリッとした空気が満ちる。
まさかクリスタがこの時間帯に姿を現すとは思っていなかったのだろう。ソニアに付いていた侍女があからさまに「しまった」と言うような表情を浮かべている。
「お、王妃殿下……」
「何故、ソニアさんが私の庭園に居るの? ここの鍵は私と陛下しか持っていないはずだけど……。それに貴女達。ソニアさんが入りたいと言ってもこの庭園の事を説明して、止めるのが貴女達の仕事でしょう? 何をやっているの?」
「そ、それは……」
「何よ。陛下に見向きもされない名前だけの王妃のくせに」
クリスタの言葉に、一番年上の侍女が真っ青な顔で震えている陰で一番年若い侍女がぼそり、と呟いた。
その言葉に直ぐに反応したのはクリスタの侍女二人で。
「──何ですって!? 今言ったのは貴女ね、名前を名乗りなさい! そもそも、王妃殿下が見えられた際は頭を下げ、許しを得るまで頭を上げないのが常識でしょう!? 寵姫の侍女は、一体どう言う教育を受けているの!?」
「もっ、申し訳ございません王妃殿下……! お許し下さい……っ!」
クリスタの侍女に、一番年上の侍女が慌てて頭を下げ、年若い侍女の頭を無理矢理下げさせる。
その様子をきょとん、とした顔で見ていたソニアに向かって、クリスタは口を開いた。
「ソニアさん。自分の侍女の礼儀がなっていないと、自分の評価まで下がるのよ。しっかり指導しなさい」
「──あの、何故クリスタ様がそんなに怒るのか分かりません……。確かに、クリスタ様に向かってこの子は失礼な事を言ったのだから謝罪すべきと言う事は分かるのですが、この庭園に入れるのがクリスタ様だけ、なんて……。ヒドゥリオン様が仰っていました。この庭園は、国王である自分の妃が入る事が出来る場所だから、私も自由に出入りしていい、と。クリスタ様専用の場所では無く、ここは国王陛下であられるヒドゥリオン様の妃の庭園です。ならば、私もここに入る権利があります」
「……陛下がそう言ったの? 本当に……?」
ソニアが先程からクリスタの事を「王妃」と呼ばず「クリスタ」と名前で呼ぶ様に引っ掛かりを覚える。
だが、今はそれよりもヒドゥリオンがソニアに自由に出入りしていいと告げ、ソニアにこの庭園の鍵を渡した、と言う事の方が重要だ。
この庭園は、この国の「王妃」専用の庭園だ。
王妃が自ら選んだ人間、招いた人間しか庭園に足を踏み入れる事は出来ない。
そうして、王妃の庭園は代々、何年もそうやって維持されて来た。
王妃の庭園に呼ばれる事は貴族にとってある種のステータスだ。
それ程までに王妃に信頼され、忠誠心を認められた者だけが招待される場所。
その場所を、大切な庭園の存在理由を根底から覆されてクリスタは唖然としてしまう。
今まで、ディザメイア国で大事に受け継がれて来た、継承されて来た事柄がこんなにも簡単に覆されていいものなのか。
クリスタは真っ直ぐソニアを見据え、そしてその後に侍女達に順々に視線を向けてから冷たい声音で告げた。
「侍女達の人事は王妃である私の仕事です。先程、私に対して不敬な物言いをしたそこの侍女の処罰は近日中に言い渡します。ソニアさんも、早急にこの庭園を出て行きなさい」
「──王妃だからと言って、そんな横暴がまかり通るのですか!? 王妃だから、何をしても良いと、何をしても許されると思っているのですか!? こんなの酷過ぎます!」
クリスタの言葉に納得出来ないのだろう。
ソニアが興奮した様子で叫ぶ。
だが、クリスタは譲歩するつもりは一切無い。
これ以上ソニアの顔を見るのも嫌だし、くだらない事で言い争いを続けるのも時間の無駄だ。
「早く出て行って。衛兵を呼ばれたく無いでしょう?」
「──っ、クリスタ様は勘違いをされていらっしゃいます! そんな態度では、ヒドゥリオン様も、民心も、貴族達からも見放されてしまうわ!」
「ソ、ソニア様。今は一旦お部屋に戻りましょう? 興奮してしまうとお体に悪いですから」
「きっと後悔するわ、クリスタ様! 後悔してからでは遅いのです!」
ソニアは侍女に促されつつ、何とか庭園を出て行った。
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