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「ソニア……っ、ソニア泣くんじゃないっ。違う、これはソニアが思っている事とは違うから……」
「ですが……。ヒドゥリオン様は今日は疲れただろうから、と……別々に寝よう、と……。それなのに何故王妃のお部屋に居られるのですか……疲れた、と言っていたのに……」

 はらはらと悲しげに涙を零すソニアに、クリスタは「呆れた」と言うような表情を浮かべる。

(まさか、陛下は王女に嘘を言っていたの……? 嘘をつかなくてはいけないほど後ろめたいのであれば、最初から来なければいいのに……)

 変わらず、ソニアと仲睦まじく過ごしていれば良かったのだ、とクリスタは思ってしまう。
 きっと、自分の意識が無い間。建国祭の準備で共に過ごす時間が長かったはずだ。二人の様子を見ていればそんな事は簡単に想像が付く。
 わざわざ誰かに聞いて、確認せぬとも容易に分かる。

「ヒドゥリオン様っ、私はヒドゥリオン様と一緒に過ごしたいです。それに……王妃殿下もまだ本調子では無さそうですし、お怪我にも障りが出てしまうと思います……。きっと王妃殿下はまだお辛いだろうから、そっとしてあげたほうが良いと思うのです。だから私の部屋に行きましょう?」

 ぐいぐい、とヒドゥリオンの服の裾を引っ張るソニアに困り果てたヒドゥリオンがクリスタに顔を向ける。
 ソニアを説得してくれ、と言いたげなヒドゥリオンの態度にクリスタは「何故私が」と思い、顔を逸らした。

 これ以上、自分の部屋であの二人のどうでも良いやり取りを見ていたくない。

 うんざり、といったクリスタの様子に気付いたのだろう。
 ソニアを部屋に入れた後、室内に入って来ていたキシュートがクリスタとギルフィードに近付いて来る。
 そして、クリスタの顔がはっきり見えるくらい近付いた時。大袈裟な様子で「王妃殿下」と戸惑いの声を上げた。

「お体が震えていらっしゃいます! もしかして、ギルフィード王子に治癒魔法を掛けて頂いていた部分が痛みを発しているのではないですか? ですから本日、庭を歩くのはお止めになった方が良い、と申したのです……!」
「──えっ」
「ああ、本当ですねクリスタ王妃。傷口が熱を持っています。痛みを感じて辛かったのではございませんか?」
「──えっ」

 まるで示し合わせたかのようなキシュートとギルフィードの言葉に、クリスタは戸惑いの声を上げる事しか出来ない。

 痛み、などちっとも感じてはいない。
 今は傷の痛みよりもヒドゥリオンとソニアの馬鹿馬鹿しい会話に頭痛を覚えている程度で。
 早く部屋を出て行ってくれないか、と思っているだけだ。

 だが、それはキシュートとギルフィードも同じ考えだったようで。
 クリスタの部屋から出て行こうとしないヒドゥリオンとソニアは放っておく事にしたようで、クリスタをこの部屋から連れ出す事にしたようだ。

「失礼します、クリスタ王妃。直ぐに治癒魔法を掛けましょう」
「ああ、そうした方が良いでしょうね。王妃殿下の侍女は──」
「はい。ここにおります」
「ああ、ナタニア夫人良かった。今からギルフィード王子の部屋に移動して、王妃殿下の治癒を始めるからナタニア夫人も同席を」

 ヒドゥリオンとソニアを無視してどんどん話を進めて行く。
 多少所か、大分強引ではあるがあの二人から離れるにはこの方法しかないだろう。

 クリスタは先程自分を抱き上げたギルフィードの腕に抱かれ、痛みで意識を失ったようにかくり、と体から力を抜いた。




 そうして、呆気に取られるヒドゥリオンと泣くソニアを置いて、クリスタ達はギルフィードが使用している客間に移動した。

 クリスタの部屋を出る直前、追い縋るようにヒドゥリオンが何かを言っていたがギルフィードは足を止める事無く、そのまま部屋を移動した。


 部屋に入ったクリスタ達は、扉を閉めてソファに腰掛けるなり重い溜息を吐き出した。

「──ありがとう、ギルフィード王子。あの時助けに入ってくれなければどうなっていた事か……」

 額に手を当てたまま、クリスタがギルフィードにお礼を告げる。
 部屋に入ったあと直ぐにお茶の準備をしているナタニアは瞳一杯に涙を溜めて、準備を続けている。

「いえ、礼には及びませんよクリスタ王妃。寧ろ、助けに行くのが遅れてしまい、申し訳ございません……」
「──人払いと、あの部屋に外から邪魔が入らないよう魔法で結界が張られていたんだ。クリスタが中から扉をぶち壊してくれなければ、もっと遅くなっていたかもしれない」
「魔法結界が……!?」

 キシュートの説明にクリスタは驚きの声を上げる。
 そこまでして、外からの邪魔が入らないようにしていた、と言う事はヒドゥリオンは本気だったのだろう。

 ぞわり、と寒気を感じてクリスタは自分の体を抱き締める。

「それを無理矢理こじ開けたから……。攻撃魔法を放つ事が出来るのはギルフィードしか居ないから……頼りきってしまったが、大丈夫だったか?」

 キシュートの言葉に、クリスタははっとしてギルフィードに顔を向ける。

 この国では、王族に危害を加える可能性がある攻撃魔法は王城では使用出来ないよう、制約魔法を施されている。
 それは、他国のギルフィードにも勿論適用されていて。
 その制約魔法を無理矢理どうこうしようとすれば、反発が起きるのは当然の事だ。

 クリスタの視線に気付いたギルフィードは、さっとクリスタから逃げるように視線を外した。
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