冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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◇◆◇

 建国祭・最終日。

 その日は快晴で、風も無く気温も高く無く低くも無くとても過ごしやすい。

 目覚めてから自室に篭っていたクリスタも、少しずつ部屋の外に出るようになっていた。
 寝てばかりいては、体が訛ってしまうからと止めようとするギルフィードやキシュート、侍女達を説得してクリスタは城の廊下を歩いていた。

 そして、あれ程必死にギルフィード達が部屋に居た方が良い、と言っていた意味が分かった。

(──なるほど、ね……。になっているからギルフィード王子達は私を外に出さないようにしていたのね……)

 周囲から向けられる胡乱気な視線や態度。
 この国の王妃に向けられるような感情や、態度では無い。

(私が意識を失っている間、ヒドゥリオンは城の人間にどんな説明をしたのかしら。それを確認して、城の状況を確認して……それから貴族達や他国の国賓、来賓に探りを入れて……ああ、王都に住む国民の間にもどんな噂が流れているか調査をしないと……)

 やらなければならない事が後から後から溢れて来て、クリスタは頭痛を覚える。

「クリスタ王妃? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」

 クリスタの様子に気付いたギルフィードが慌ててクリスタの横に並び立つ。

「やっぱりお部屋に戻られた方が良いのでは……。急に動かれてはお体に障ります」
「ですが、体を動かして体力を戻さないといけません。建国祭が終わった後も忙しいですし、国賓として招いた他国の方々にお礼の手紙と贈り物も用意しなければ……」
「それ、は分かりますが……。クリスタ王妃は数日前に目覚めたばかりです。無理は禁物です」
「そうですよ、王妃殿下」

 クリスタの体を心配するギルフィードの言葉を援護するようにキシュートがギルフィードが居る反対側のクリスタの隣に並び立つ。
 そしてクリスタの顔を覗き込むようにして困ったように眉を下げてクリスタを止めた。

「王妃殿下の体調はまだ万全ではございません。ギルフィード王子の治癒魔法もまだ完全には終わっておりませんし、お部屋に戻り、治癒魔法の続きを掛けて頂きましょう」
「──……分かったわ」

 クリスタは数秒間、キシュートとじっと目を合わせた後諦めたように溜息を一つ零した。
 二人掛かりでクリスタを止めるように体を使って前に進めないよう塞がれてはどうしようも無い。

 廊下の隅でこちらを見てコソコソ、ヒソヒソと話をしている城の使用人や出仕している貴族達の目も気になる。

(一体何故、彼らはこんな態度なのかしら……。咎められないとでも思っているのかしら……?)

 後で侍女達に城のおかしな様子を聞いてみよう、と思いクリスタはギルフィードやキシュートに周囲の視線から守られるような形で私室に戻ったのだった。




 部屋に戻ったクリスタは、それから数時間ギルフィードに治癒魔法を掛けてもらった後、ギルフィードやキシュートと別れた。

 クリスタの湯浴みの準備や食事の準備をしてくれている侍女のナタニア夫人に視線を向け、クリスタはナタニアを呼び止めた。
 他の侍女はギルフィードとキシュートが部屋を出た時に一緒に帰っている。

「ナタニア夫人、少し聞きたい事があるのだけど……いいかしら?」
「はい。何でしょうか王妃殿下」

 クリスタに話しかけられたナタニアは、ぴしっと背筋を伸ばしてクリスタに振り返る。
 普段と変わらないナタニアの様子にクリスタは感謝しながら、廊下で抱いた疑問を口にした。

「城で働く使用人や、出仕している貴族達の視線が気になったのだけど……理由は知っているわよね……?」
「──っ、それ、は……」
「いいわ、咎めないからはっきり言ってくれる? 状況によっては陛下にお伝えしなければいけないから」

 クリスタの言葉に、暫し悩んだように視線を彷徨わせていたナタニアは、クリスタが一度こう、と決めたら考えを覆す事は無い事を知っている。
 腹を決めたようにきゅっ、と唇を引き結びクリスタに向かって口を開いた。

 建国祭にクリスタが不参加なのは怪我をしていると言う事を周知しておらず、何故かクリスタが突然我儘を言い建国祭を放棄した、と周囲に広がっていると言う事。
 国王ヒドゥリオンの寵愛が全てソニアに向かっている事に怒りを覚えたクリスタが嫌がらせのような形で行動を起こしたと言われている事。
 そしてそんな状況にも関わらず、ヒドゥリオンとソニア二人で必死に協力し、建国祭を無事開催させた事によって城の使用人や出仕している貴族達がヒドゥリオンとソニアの事を後押ししている事。

 それらを聞いたクリスタは、唖然として口をぽかん、と開いたままだ。

「なぜ……、そんな事に……。そのような噂を、陛下は放置していた、の……? 何故、そんな愚かな事を……!?」

 唖然としていたのは一瞬で。
 その後はふつふつと怒りがこみあがってくる。

 たかが噂、されど噂だ。
 放置して良くない方向に話が行ってしまっては収集に時間が掛かる。
 そして、その噂は実際クリスタにとって良くない方向に向かっていっている状況だ。

 王族に関わる噂話をここまで放置しては、建国祭のために国賓としてやって来ていた他国の人間にまでその不名誉な噂は耳にしているだろう。

「王妃である私に関しての不名誉な噂を収集出来ず、好き勝手な事を言わせている……。収集出来ない、と言う事は王族の権威が無い、と言っている事と変わりないのよ……! それを分かっていて、何故陛下は放置しているの……!」

 クリスタは声を荒らげ、自分の額に手を当てる。
 こらから必死に火消しをしたとて、招かれていた他国の人間の耳にはとっくに入っている。

「──っ、争いを招かなければいいけど……っ」

 いくらディザメイアが軍事力のある国だとして。
 いくらヒドゥリオンが力のある魔法剣士だとしても。一人ではどうする事も出来ないのだ。


 暫し二人の間に沈黙が落ち、クリスタがふ、と顔を上げたその時。

「──入るぞ、王妃」

 突然、前触れも無くヒドゥリオンがクリスタの部屋を訪れた。

「……陛下?」
「王妃の侍女はもう下がって良い。ご苦労だった」

 ヒドゥリオンはクリスタに目もくれず、ナタニアに向かってひらひらと手を振り、有無を言わさず彼女を部屋の外に出してしまう。

 突然の訪問と、ヒドゥリオンの勝手さにクリスタはキッとヒドゥリオンを睨み付ける。

「突然何用ですか陛下。今日は建国祭の最終日です。他国の国賓と会食があるのでは……?」
「会食は中止した。他国の彼らも明日の朝、早い時間に出立するからな。あまり遅い時間まで彼らを付き合わせる必要は無い」

 ヒドゥリオンはクリスタの問いに答えながら、バサバサと自分が着ていた服を脱ぎ、適当にソファに放り投げて行く。

「そのような、勝手な事を……っ。それは陛下のご判断なのですか?」
「それよりも。傷の具合はどうだ? 今日は部屋を出て廊下を歩いた、と聞いた。傷は痛まないのか?」
「私の質問に答えて下さい、陛下……! 傷などっ」
「ここ数日はお前の側にあの王子がずっと侍っていた……。王妃は私の妻だろう……っ、何故あの王子がしゃしゃり出て来るんだ……っ」
「──え、? 何を突然──……っ」

 ヒドゥリオンは喋りながらクリスタに近付き、クリスタの手首を自分の手で掴んだ。
 そしてヒドゥリオンの行動に戸惑うクリスタに構いもせず、ベッドがある部屋の奥に歩いて行く。

「──っ!? 陛下っ、話を……っ、建国祭の話をする、と仰っていたではありませんか……!?」
「怪我の傷も痛まないのだろう? クリスタ、自分の責務を果たせ」
「──っ!」

 冷たく言い放つヒドゥリオンに乱暴にベッドに投げられる。
 背中を打ち、唖然と振り返るクリスタに覆い被さるようにヒドゥリオンが底冷えのするような瞳でクリスタを見下ろしていた。
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