28 / 115
28
しおりを挟む翌日。
夜会は概ね無事に終わり、シャンデリアが落下して来た件はシャンデリアに細工がされていた訳でも、誰かが魔法によって落下させた痕跡も見当たらず、ただの事故として処理された。
その報告を執務室で聞いたヒドゥリオンはほっと細く息を吐き出す。
(やっぱり……。クリスタがそんな無意味な事をする筈が無かった……。無意味……、無意味か……)
ヒドゥリオンは自分でその思考に至ったと言うのに、何処か寂しそうに視線を下げた。
(クリスタがソニアの事を気にする事なんてある筈が無い……。きっと私が他の女性と仲睦まじくしていてもクリスタは興味を抱かない。……クリスタはこの国の王妃だ。幼い頃から王妃として学び、この国の王妃として生きる事に今までの時間を生きて来た……。王妃として国を守り、民を導き、そしてきっとクリスタは死ぬまでこの国の王妃だ……)
だが、とヒドゥリオンはくしゃりと前髪を握る。
(クリスタ、としての感情はどうなる? クリスタだって王妃以前にただの一人の人間だ……。クリスタの一個人の感情は一体どうなる……。何故私は──)
ヒドゥリオンが考え込んでいると、執務室の扉が控え目にノックされた。
そこで深い思考の渦に飲み込まれていたヒドゥリオンははっと顔を上げて扉に視線を向ける。
「ヒドゥリオン様? えっと、お邪魔してもよろしいですか?」
「──ソニア」
ヒドゥリオンはソニアの顔を見た瞬間、今まで考えていた事が霧散した。
ソニアの顔を見るだけで、ソニアの姿を視界に入れるだけで胸がとくり、と高鳴る。
ふわりと暖かい気持ちが満ちて、優しい気持ちになれるのだ。
ヒドゥリオンはふわり、と微笑んでソニアを迎え入れた。
「どうした? 遠慮せず、入りなさい」
「! ありがとうございます、失礼しますね」
ヒドゥリオンの優しい微笑みと声に、ソニアは嬉しそうに表情を崩し、小走りでヒドゥリオンに駆け寄る。
たたた、と美しい金の髪を跳ねさせ近寄って来るソニアにヒドゥリオンは益々様相を崩した。
クリスタより色味が薄く、きらきらと輝くような髪色のソニア。
金の髪の毛は細くふわりふわりと靡き、手触りもとても良く艶やかだ。
タナ国でソニアを助け出した時は汚れ、傷んでしまっていた髪の毛も今ではすっかり美しく煌めいている。
ソニアの愛らしい薄ピンクの瞳は真っ直ぐヒドゥリオンだけを見詰めていて。
ふっくらとした可愛らしい唇から紡がれる声はまるで鈴の音を転がしたように可憐だ。
近付いて来ていたソニアに微笑みを浮かべていたヒドゥリオンは、だがソニアの腕を見て瞳を見開いた。
「──ソニア!」
ガタン! と勢い良く椅子から立ち上がり、その椅子が派手な音を立てて背後に倒れる。
大きな声で突然名前を呼ばれ、ソニアはびくりっと体を震わせてその場に立ち止まった。
だがソニアのそんな様子を気にするでも無く、ヒドゥリオンは早足でソニアに近付き、ソニアの腕に気遣うようにそっと自分の手のひらを触れた。
「この怪我は……? まさか、昨夜の硝子の破片で切ったのか?」
「えっ? ──あ……」
ソニア自身気付いていなかったのだろう。
ヒドゥリオンの言葉を受け、ソニアも自身の腕を確認して驚き、目を見開いた。
「や、やだ……。気付きませんでした……」
「直ぐに手当をさせよう。──おい! 誰か、誰か居るか!?」
おろ、と申し訳なさそうにするソニアの頭を優しく撫でた後、ヒドゥリオンはソニアをそっと抱き寄せて背中をぽんぽん、と撫でる。
白く、細いソニアの腕に、痛々しい傷が付いている。
紙で切った時のように一線の細い傷ではあるが、きっと痛かっただろうに、とヒドゥリオンは申し訳無さそうにソニアに謝罪した。
「使用人が気付かなかったのだな。痛かっただろう? これからは我慢などせずに直ぐに使用人か……私に言うんだ」
「で、ですが……私はこの国の民ではありませんし……。ヒドゥリオン様に助けて頂いた上、これ以上迷惑を掛けてしまうのは」
「そんな事を考えなくていいんだ、ソニア。君は私の大切な女性である事には変わりないだろう。ソニアの体に傷が残ったら悲しい」
「──っ、ありがとうございます、ヒドゥリオン様……っ」
ヒドゥリオンの優しい言葉と、微笑みにソニアは瞳に涙を溜めてぎゅう、と抱き着く。
ヒドゥリオンもソニアを大切そうに、愛おしそうに強く抱き返した所で。
「陛下、失礼致します」
扉の向こうからクリスタの声が聞こえ、扉が開いた。
42
お気に入りに追加
2,039
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります
柚木ゆず
恋愛
婚約者様へ。
昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。
そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】真実の愛に目覚めたと婚約解消になったので私は永遠の愛に生きることにします!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢のアリスティアは婚約者に真実の愛を見つけたと告白され婚約を解消を求められる。
恋する相手は平民であり、正反対の可憐な美少女だった。
アリスティアには拒否権など無く、了承するのだが。
側近を婚約者に命じ、あげくの果てにはその少女を侯爵家の養女にするとまで言われてしまい、大切な家族まで侮辱され耐え切れずに修道院に入る事を決意したのだが…。
「ならば俺と永遠の愛を誓ってくれ」
意外な人物に結婚を申し込まれてしまう。
一方真実の愛を見つけた婚約者のティエゴだったが、思い込みの激しさからとんでもない誤解をしてしまうのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる