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「ソニア……っ、大丈夫かソニア!? 怪我は!?」

 ヒドゥリオンの焦った声がしん、と静まり返ったフロアに響く。
 クリスタは急いで階段を降りて衛兵に素早く指示を飛ばす。

「陛下のお怪我の確認と、あの場の片付けを……! それとシャンデリアが落下した原因を調べなさい……!」

 クリスタは声高に指示をしながら急ぎ、二人の下に向かう。
 このような出来事は有り得ない事だ。

 もし、あのシャンデリアの真下にヒドゥリオンが居たら。
 もし、ヒドゥリオンが異変に気付かず最悪の状況に陥ってしまったら──。

「──陛下、ご無事ですか」

 カツカツと足音を鳴らし、クリスタがヒドゥリオンの下に向かう。
 クリスタがやって来てくれた、と言う事に気付いたのだろう。
 ソニアを抱き留め、守るように抱えていたヒドゥリオンの表情が和らいだ。

「──王妃……」
「陛下」

 クリスタが二人に近付き、あと少しで側に着くと言う所で。

「──ひぃ……っ! ご、ごめんなさい……っ、申し訳ございません王妃殿下……っ!」

 クリスタの姿を見た瞬間、ソニアが大きく震えクリスタを恐れるようにガタガタと震え出す。
 そして大声でクリスタに謝罪を始め、縋るようにヒドゥリオンの背中にしがみついた。

「ソ、ソニア……? そなた一体何を……」

 ヒドゥリオンも流石にソニアの言葉と怯え様に動揺し戸惑い、訳が分からないままクリスタに視線を向けた。
 だが、その様子は周囲から見ればどう見えてしまっているのか。

 ざわり、と周囲に居た貴族達の気配が揺れたのを感じる。

「お、王女……? 貴女一体何を……」
「ひぃ……っ! も、申し訳ございませんっ、申し訳ございませんっ! 私の我儘でヒドゥリオン様と三度もダンスを踊って申し訳ございません……! どうかお許し下さい……っ!」

 ガタガタと恐怖に震え、ガバリとソニアがクリスタに向かって頭を下げる。
 クリスタは突然謝罪の言葉を叫ぶように口にして頭を下げるソニアの行動に唖然としてしまっていて、掛ける言葉が出てこない。

 だが、クリスタが唖然としていてもその表情は普段の冷たく、冷ややかな眼差しのままで。
 表情を崩す、と言う事がこの国の者の前では出来なくなってしまったクリスタの冷たい表情を見て周囲の貴族達はソニアの言葉を聞きをしていく。

 ざわりざわりと囁く声がクリスタの耳に届く。
 それは、クリスタに取ってとても不名誉な言葉達ばかりで。

「お、王妃……! ソニアが怪我をしているかもしれん……直ぐに手当を……」
「あっ、か、畏まりました陛下……。──! 陛下も頬をお怪我なさっております、手当を受けて下さい」

 不穏な雰囲気になり掛けている事に気付いたヒドゥリオンが慌てて口を開く。
 この場にソニアを居させ続ける事は悪手だと判断したのだろう。早急にソニアを衛兵に任せようとしてクリスタに声を掛け、ヒドゥリオンの意図を汲み取ったクリスタも同意するように頷いた。
 だが、ヒドゥリオンの頬からじわりと滲む血に気付いたクリスタがヒドゥリオンにも手当を進める。
 落ちたシャンデリアの破片で頬を切ってしまったのだろう。
 だが、クリスタの提案にヒドゥリオンはふるふると首を横に振って手当を拒否する。

 ヒドゥリオンにも、今この状況で疑いの目が向けられたクリスタを残し、自分とソニアがこの場を離れれば残されたクリスタにどんな言葉達が向かうのか、理解しているのだ。

「承知しました……それでは王女だけでも……」

 クリスタが再び衛兵に指示をしようとした所で、ざわざわと騒ぐ貴族達の輪の中から一人の老人が進み出て来た。

「お待ち下さい、国王陛下──」
「……バズワン伯爵か。何だ」

 ゆったりと口元に笑みを浮かべ、バズワン伯爵、と呼ばれた老貴族がヒドゥリオンに向かい頭を垂れる。
 そしてゆっくり頭を上げ、ヒドゥリオンの後ろに居るクリスタと、未だフロアに蹲りすんすんと泣いているソニアを憐れむような視線で見た後、ゆったり口を開いた。

「先程……そちらの陛下の寵姫が口にした言葉……。その言葉を無視するのはどうかと思いますな……」
「寵姫、と言う言葉は撤回しろ……伯爵……」
「ふむ? 何か私が間違った事を言っておりますかな? 本日までの陛下の振る舞いを見れば子供でも分かる事ですぞ。……それはともかく、寵姫が口にした言葉を重く受け止めねばなりません」

 大勢の、国内のほぼ全ての貴族が集まったこの場でソニアを寵姫、と口にした。
 それを口にしたのがこの国で大きな発言力を持つバズワン伯爵である事が大きな問題になる。

 その発言を撤回しろ、とヒドゥリオンは口にしたが話を逸らされる。
 寧ろ、本題はここからなのだ、と言うようにバズワン伯爵から厳しい視線を向けられてヒドゥリオンは口を噤んだ。

「そちらの寵姫は何故こんなにも王妃殿下に怯えていらっしゃるのか……そして何故必死に謝罪しておられるのか……それを確認せねば……」

 そうでしょう? 寵姫よ。とバズワン伯爵に問い掛けられたソニアは、自分の口元に手をあて、咽び泣くようにして俯きながら泣き声で言葉を発した。



「──っ、この会場、は……っ、魔力を持った人達が……、害を成せぬよう……魔法を封じる魔法陣を設置している、と聞き及んでおりますわ……。貴族には魔法が発動出来ないけど……この国の王族……国王陛下と、王妃殿下はその魔法陣の影響を受けない、と……」

 怯えるようにソニアから目を向けられ、クリスタはくらりと目眩を覚えた。
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