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 鋭い、責めるような視線がグサグサとクリスタに刺さり、悪いのは自分なのか。ファーストダンスくらい譲らない自分が悪いのか、と言う思考に陥ってしまった時。
 まるでクリスタを救い出すような優しい声が耳に届き、クリスタは「えっ」と小さく呟き、その男性の声が聞こえる方向に顔を向けた。

 そこには、背筋を伸ばし堂々と歩みを進め、クリスタが居る壇上に向かって来る一人の青年が。
 フロアの照明を受け、その男の灰黒色の髪の毛がキラキラと美しく輝き、まるで海のように輝く青い瞳が真っ直ぐクリスタを優しく見詰めている。
 煌びやかで整った精悍な容姿は見覚えがあって。

 クリスタは思わず椅子から腰を上げ、その男の名前を口にした。

「ギルフィード第二王子……!?」
「お久しぶりです、クリスタ王妃殿下」

 にこりと微笑み、自分の胸に手を当て腰を折る。

 クリスタに声を掛けて来たのは、今日の夜会に参加していると言うクロデアシアの第二王子、ギルフィードで。
 クリスタを始め、周囲が戸惑い困惑している内にギルフィードは自分の腕をすっ、とクリスタに向かって差し出した。

「さあ、クリスタ王妃。これで問題解決ではございませんか?」

 悪戯が成功した子供のように少しおどけて見せ、ぱちりとウィンクをするギルフィードにクリスタは先程までの沈んでいた気持ちが軽くなる。

「第二王子……ようこそおいで下さいました……。……そうですね、では──」

 ふっ、と息を抜きふにゃりと相好を崩したクリスタがギルフィードの手を取ろうと階段を一段降りた所で、慌てたような声がクリスタの背後から掛かる。

「王妃……! っそれは……っ!」

 ソニアの肩を抱いた状態のヒドゥリオンがクリスタの行動を止めるように立ち上がり、クリスタの方へ一歩足を踏み出している。
 そしてヒドゥリオンが言葉を続ける前にギルフィードが朗らかに挨拶をした。

「ディザメイアの国王陛下、お久しぶりでございます。前回お会いした時は陛下と王妃殿下の婚姻式の時でしょうか……? 本日は急な参加にも関わらず、快く迎え入れて頂きありがとうございます」
「──っ、あ、ああ。良く来てくれた、ギルフィード殿……」

 ギルフィードから挨拶をされてしまった以上、ヒドゥリオンもそれに返さねばならない。
 出鼻を挫かれたような形になってしまったヒドゥリオンはひくっ、と口端を引き攣らせながらギルフィードに言葉を返す。

 にこり、と笑顔を深めたギルフィードはクリスタに視線を戻した後視線を細め冷ややかな表情を浮かべる。

「──……本日の夜会はと言う事ですよね? ならば、クリスタ王妃をお誘いしても何ら不思議はございませんよね……?」
「……っ」

 ギルフィードの言葉に、クリスタは「上手い」と心で呟く。

 他国の人間である自分の目の前で王妃以外をファーストダンスに誘う愚行を言外に責めているのだ。
 そのような自分勝手で恥ずかしい行いを王家自ら強行すると言う事は今日の夜会は「無礼講」なのだろう? と。
 王族が他国の王族の前でそんな痴態を見せるつもりは無いだろう? とギルフィードは優しげな笑みの下でそのようにヒドゥリオンに言っているのだ。

 だから無礼講、と言う言葉を使った。

 王族自ら痴態を見せ付ける行為を無礼講と言う言葉に落とし込み、ソニアと踊ると言うのであればクリスタは自分と踊るべきだ、と。

 クリスタは背筋を伸ばし、臆する事無くヒドゥリオンを見据えるギルフィードを懐かし気に見詰める。

(変わっていないわね)

 誰が相手でも、恐れる事なく自分の意見を言う所。
 そして困っている人がいれば躊躇い無く自分の手を差し出す優しい所。

(ああ、駄目だわ……何だか泣いてしまいそう)

 グサグサと見え無い刃物がクリスタの心に刺さっていたが、その刃物がギルフィードによって優しく取り除かれ、そして優しい行動によって癒されていく。
 周囲からの冷たい視線や責めるような視線が今はギルフィードがまるで盾になり、防いでいてくれているようで。

 クリスタはヒドゥリオンがギリギリと悔しそうに表情を歪めている様子を横目で見やった後、そのまま階段を降りて行く。
 クリスタがギルフィードの誘いを受けるつもりなのだと察したヒドゥリオンが焦ったように声を上げた。

「王妃……っ! まさか私以外の人間とファーストダンスを踊るつもりか!?」

 ヒドゥリオンの滅茶苦茶な言葉に、クリスタは思わず笑ってしまいそうになってしまう。

(貴方がそれを言うの?)

 クリスタはくるり、と振り返り壇上に居るヒドゥリオンを見上げた。
 ヒドゥリオンはクリスタがまさかギルフィードの誘いを受けるとは思わなかったのだろう。
 驚きや焦りが滲んだ表情を浮かべていて。

「──国王陛下、さあ陛下もタナの王女とファーストダンスを。このままではいつまで経っても夜会が始まりませんよ」
「クリスタ王妃、お手を……」
「ありがとうございます、ギルフィード王子」

 クリスタの冷たく、何の感情も篭っていない声。冷たく言葉を掛けられたヒドゥリオンは、ギルフィードに話し掛けられたクリスタが目元を和らげ、薄らと嬉しそうに微笑んだ顔を見て傷付いたように顔を歪ませた。
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