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「ソニア……!」

 自分に伸ばされていたヒドゥリオンの手が目の前から無くなり、本人はクリスタの目の前で背を向け、ソニアに駆け寄った。
 クリスタは何処か他人事のような心地でその様子を見るしか出来ない。

 ソニアの座る椅子の側に駆け寄り、一国の王であるヒドゥリオンが膝を着いてソニアを慰めている。

(そのような無様な姿を……っ、大勢の貴族の前で……)

 国王に膝を着かせる、と言う暴挙を何故周りの衛兵や騎士達は止めないのか、とクリスタは周囲を見回すが誰もそんな事を気には止めていないようで。
 男性貴族や、騎士達はホロホロと涙を零すソニアを憐れむように見詰めている。

(なんてこと……)

 このままヒドゥリオンの無様な姿を晒し続ける訳にはいかない。
 大勢の貴族が居て、そして今日の夜会には他国であるクロデアシアの第二王子がこの会場に居るのだ。

 ディザメイアが、大切な自国が嘲笑を受けるようになってはならない。
 他国の笑い物になってはならないのだ。

 クリスタがヒドゥリオンの愚行を止めるために椅子から立ち上がりかけた所で、それまで静かに泣いていたソニアがか細い声でヒドゥリオンに向かって言葉を発した。

「辛いです……っ、ヒドゥリオン様が王妃殿下とダンスを踊る姿を見るのが……辛い、です……っ。分かっているのです、分かってはいるのですが……胸が激しい痛みを覚えて……っ、息が出来なくなってしまいそうで……っ」
「ソ、ソニア──。すまない、だが我慢してくれ……」
「う……っ、分かっております……っ、けど……っ辛くて……っ、悲しくて悲しくて今にも心臓が破裂してしまいそうです……いっその事心臓が止まってくれたらいいのに……っ」
「そんな事を言わないでくれ、ソニア……」

 そんな心臓ならば止まってしまえばいいのに、とクリスタは思うが周囲に居る人間は違うようで。
 庇護欲を誘うソニアの外見が作用し、とても儚く憐れさを演出している。

 衛兵や騎士達は「何と可哀想に……」とソニアに同情までし始める始末で。

 フロアに居る貴族達もソニアの訴えに胸を打たれているようで、ひそひそと声が聞こえてくる。
 クリスタに聞こえて来るそのどれもがソニアを同情するような言葉で。

「……王妃殿下も一度くらい譲って差し上げれば良いのに……」

 ぽつり、と誰かが呟く声が聞こえて。

「──え、」

 クリスタが驚き、フロアに視線を向けるが誰も彼もが口を噤んでおり、誰がそのような言葉を発したのか分からない。
 だが、目は口ほどに物を言うとは良く言った物で。

 貴族や、近くに居る衛兵や騎士がクリスタに訴えるような視線を投げ掛けて来る。
 ソニアを可哀想に思う余り、出過ぎた訴えを掛けて来るものばかりで流石にクリスタが声を発そうとした所で、ソニアを慰めていたヒドゥリオンがくるりとクリスタに振り向いた。

「──王妃……、すまないが……」
「え……」

 申し訳無さそうに眉を下げ、そう言葉を紡ぐヒドゥリオンにクリスタは信じられない物を見るように目を見開く。

 ──まさか、ソニアとファーストダンスを踊りたい、とでも宣うつもりか。
 それだけはやってはならない愚行だ、とクリスタがヒドゥリオンに冷たい視線を向け良く通る声音で言葉を続ける。

「まさか、陛下はファーストダンスをそちらの王女と踊りたい、と仰るつもりですか?」

 クリスタの冷たい視線と声音にヒドゥリオンはぐっ、と言葉に詰まり俯く。
 だがそれも一瞬で、すぐに顔を上げるとしっかりクリスタと視線を合わせ、きっぱりと言い放った。

「今日だけ、今日だけはソニアとファーストダンスを踊ってもいいだろう? こんなに悲しみ、咽び泣いて女性が懇願しているのに私にはその小さな願いを跳ね除けるなど……そんな惨い事は出来ない」
「ならば、私はどうしろと……? 陛下がダンスを踊っている間、私はここで座してその姿を見ていろ、と仰るのですね……? そう言う事ですのね?」
「そっ、それは……だが、すまない……」

 信じられない気持ちでクリスタは問う。
 どうにか考え直してくれないだろうか、と言う気持ちを込めてヒドゥリオンに問うが、問題の当人はさっとクリスタから視線を逸らしてしまう。

 周囲は完全にソニアに同情するような雰囲気になっていて。
 ファーストダンスくらい、と言う視線がクリスタに突き刺さる。

(何故、私が……)

 快く許可を出さない自分が悪いのか、とクリスタが暗い気持ちになったその時。




「ならば……王妃殿下は私とファーストダンスを踊って頂けませんか?」

 周囲から責めるような視線を一身に浴び、クリスタが俯きそうになったその瞬間、フロアから一人の青年が歩み出て来て、クリスタに向かって柔らかく優しい声音で話し掛けた。
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