冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 はらはら、と涙を零すソニアは美しく、そして儚い。
 みっともなく泣くのではなくただ静かに涙を流し続けるソニアはとても不憫に見えて。

 馬車の護衛をしている騎士も、そしてクリスタと同じ馬車に乗る予定だったヒドゥリオンもソニアを痛ましい面持ちで見詰めている。

「まあ……! 厚かましい」
「信じられませんわね、この夜会を誰のために開いたのか、こんなに迷惑を掛けているのにそれ以上陛下と王妃殿下を煩わせるのは如何なものか……」

 クリスタの侍女達が後ろでぼそぼそと小声でやり取りしているのを、クリスタは振り向いて制す。
 騎士達やヒドゥリオン本人に侍女の声は聞こえていないが、もし万が一聞こえてしまっていたら今のヒドゥリオンはきっと侍女達を罰するだろう。
 それ程にソニアに同情し、彼女の言葉に胸を痛めている。

「──ソニア、一人になると言ってもほんの暫しの時間だけだ……すぐにそなたを会場に呼ぶ。だから何も恐ろしい事など無い。それに、護衛だってソニアについている。怖くないだろう?」
「不安かもしれませぬが、王女様はしっかりと私共でお守り致します……!」

 ヒドゥリオンの言葉に同意するように側にいた護衛騎士が声高に宣言する。
 その姿を見てクリスタはぽかん、としてしまう。

(護衛騎士達までソニアに……。確かに美しい少女ではあるけれど……)

 ヒドゥリオンのように護衛騎士達もがソニアに夢中になり、頬を染めて憐れむように見ている。

 皆がソニアを囲み、ソニアを慰めているこの光景が異様な物のように見えて。
 クリスタは違和感、と言うか、気持ちの悪い光景に一歩後ずさった。

「──分かった、分かったソニア……。これ以上泣くんじゃない」
「うっ、うぅ……っヒドゥリオン様ぁ……」

 はらはらと涙を流すソニアを抱き寄せるヒドゥリオンの姿に、クリスタはぴくりと眉を寄せる。
 抱き寄せられたソニアはぎゅうっ、とヒドゥリオンの背中に自分の腕を回して必死に抱き着いている。

 ヒドゥリオンはソニアを落ち着かせるように背中をぽんぽんと優しく叩き、なだめながらクリスタに顔を向けた。

「──王妃……」
「……何でしょうか」

 この先のヒドゥリオンの言葉を察し、クリスタは声音を低くして素っ気なく返答する。

 クリスタのその声音と、表情を目にしたヒドゥリオンはクリスタから気まずそうに視線を逸らしながらそれでも口を開いた。

「すまないが、ソニアと共に入場する……。王妃は私の後ろに──」
「お言葉ですが陛下。それが、何を意味するかお分かりですか? 他国の招待客が居らぬとは言え、国内の貴族は多く参加致します。その場で、私では無く、王女をエスコートするその意味を理解しておりますか」

 冷たく、責めるようなクリスタの表情と声音にヒドゥリオンはぐっと言葉を飲み込む。
 周囲に居た護衛騎士達も流石に声を発する事無く、黙り込んで俯いている。

 はらはらと悲しそうに涙を流すソニアを拒むのか、そんな酷い事をするのか、と言うような雰囲気を感じてクリスタはぐっと自分の唇を噛み締める。

「そ、そう言えば王妃……」
「何でしょうか、陛下」

 話を逸らすつもりか、とヒドゥリオンに冷たい視線を向けたクリスタは、自分と視線を合わそうとしないヒドゥリオンにむかむかとした感情が込み上げて来る。
 話を逸らそうとして、有耶無耶にしたままソニアをヒドゥリオンがエスコートする事に同意する事は出来ない。

 ほんの少し、ほんの少しだけ遅れてソニアが入場すればいいだけだ。
 一人で入場する事が心細かろうが悲しかろうが、そんな状況を作ったのはヒドゥリオンとソニア二人だ。
 二人のためにこれ以上クリスタは譲歩するつもりはさらさらないのだ。

 だが、クリスタはヒドゥリオンが口にした次の言葉にぎょっと目を見開いてしまった。

「クロデアシアの第二王子が此度の夜会に参加する……。建国祭に間に合わせるために少し早めに出立した、らしい。……今はアスタロス公爵家の邸に滞在していて……公爵が今日の夜会に招待したらしいのだ」
「──っ!? 何故っ、そのような大事な事を今!」
「すまん……私も昨夜、公爵から報告を受けたばかりでな……」
「昨夜であれば、今日一日時間があったではございませんか!? それを何故今っ、他国の王族を何も準備せぬまま夜会に招待など……っ」
「すまない。クロデアシアの王子の事は王妃に頼んでもいいだろうか」

 あっさりと軽く告げるヒドゥリオンにクリスタはくらり、と目眩を感じる。
 他国の王族が参加すると言うのにその事実を既に夜会が始まっている今、言うのかとクリスタが混乱している内にヒドゥリオンはささっとソニアを抱き上げて立ち上がった。

「と、取り敢えず会場に向かおう。私はソニアと馬車に乗る。……王妃は静かに一人で考えたいだろう……」

 ヒドゥリオンはそれだけを言うと、逃げるようにそそくさとその場を離れ馬車に向かって歩いて行ってしまう。
 周囲が唖然としている内に馬車の扉を開けさせ、ソニアを中に乗せる。

 クリスタが唖然としたままそちらに視線を向けていると、ヒドゥリオンが馬車に乗り込む寸前。
 ソニアがちらりとクリスタを見やり、愉しげに自分の唇を笑みの形に歪めた──。
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