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しおりを挟むルドラン子爵邸に戻る際、邸まで送ると言ってくれたクォンツを何とか断ったアイーシャは一人で住み慣れた邸に戻って来た。
一人で戻るのは危ない、と言うクォンツを説得するのに些か時間が掛かってしまったが、もうアイーシャを虐げる人間は邸の何処にもいない。
短い間の筈だが、何だか久しぶりに邸に戻ってきたような、そんな奇妙な感覚になりながらアイーシャは馬車から降り立った。
「お嬢様……っ! お帰りなさい!」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
馬車の到着を待ってくれていたのだろうか。
邸の玄関には使用人のルミアと、家令のディフォートが居て。
アイーシャは何処かほっと安堵した。
ゆるゆると笑みの形に表情を緩め、二人に「ただいま」と言葉を返す。
自然な流れでルミアに荷物をささっと奪われてしまい、アイーシャが何か言う前にディフォートに話し掛けられてしまう。
「お嬢様。奥様の墓標周辺の手入れは抜かり無く。それと、王城から何名か手伝いの人間を送る、と報せが入っております。明日、学園の帰りに王城に寄るように、と殿下から言付けが」
「お母様の墓標、ありがとう。殿下は手伝いの方を手配して下さったのね……! とても有難いわ。明日、王城に向かって詳細を殿下から聞いてくるわね、ありがとう」
ディフォートからの報告を受けながら、アイーシャは庭の片隅にあるイライアの墓標に足を向ける。
「邸に戻って来たら、お母様にご挨拶をしようと思っていたの」
「はい、準備出来ております」
アイーシャの言葉に心得ている、とばかりにディフォートが頷き、邸の使用人にさっと指示を飛ばしている。
お参りする際に必要な物を用意してくれていたのだろう。
手際の良いディフォートにアイーシャは笑顔でお礼を告げ、さくさくと足を進めて行く。
「──っ、やっぱり」
イライアの墓標に辿り着いたアイーシャは小さく笑みを零す。
そんな気がしていた。
ウィルバートが生きているのであれば、きっと毎日イライアの墓標に訪れているだろう、と言う気はしていた。
そのアイーシャの考えは当たっていたようで。
不思議な花は一輪も枯れる事無く、綺麗に咲き誇っていて。
何故枯れないのか、どう言った原理で花が咲いているのかは分からないが、この場所に魔力を永遠に定着させる事は流石に難しいだろう。
だが、アイーシャが邸を立つ前と変わらず花は綺麗に咲いている。
「……きっと毎日確認に来られているのね」
「お嬢様?」
ぽつり、と呟いたアイーシャの言葉が聞き取れなかったのだろう。
ディフォートが不思議そうに話し掛けて来るが、アイーシャは笑顔で「何でもないわ」と返した。
「明日は久しぶりの学園だから……しっかり準備しないとだわ」
「お手伝い致します!」
アイーシャとルミアは顔を合わせて笑い合った。
そして翌日。
久しぶりにアイーシャは学園に行き、授業を全て受けて、途中でクォンツとリドルと合流して王城に向かう事にした。
学園内では既にルドラン子爵当主が犯した罪で処刑された事や、エリシャの噂が広まっていたが変にアイーシャに突っかかって来るような人は居なかった。
時々噂話をされているような視線を感じたが、アイーシャがクォンツやリドルと話しているとその視線も何処か気まずげな雰囲気を孕んだまま消える。
「貴族ってのは本当に噂話が好きだよな……」
途中合流し、同じ馬車で王城に向かう途中クォンツが呆れたように呟いた。
真向かいに座っていたリドルが苦笑し、言葉を返す。
「今回の一件は大きな出来事だったからな。視線を感じるのも仕方ない。時間が経てば無くなるだろう」
「──ったく。マーベリックのやつめ……」
「おいおいクォンツ。マーベリックに聞かれていたら不敬だ、と怒られるぞ?」
「聞いちゃいねえからいいんだよ」
鼻で笑い飛ばすクォンツに、アイーシャもついつい苦笑してしまう。
王太子であるマーベリックにこんなに気安い態度を取る人もそうそう居ないだろう。
リドルは流石に本人が目の前に居る際はマーベリックの名を呼ぶのを控え、「殿下」と呼んではいるがこうして気心知れたクォンツや、アイーシャの前では砕けた態度を取る程度だ。
「友人」と言う三人の関係性に何処か憧れを抱いていたアイーシャは心の中で「いいな」と呟く。
自分にも、そう言った間柄の人がいれば。
今までは友人と呼べる人が出来たとしても、気付けばエリシャの友人になってしまい、誰一人として自分の傍には残らなかった。
唯一、自分と家庭を築いてくれる予定だった元婚約者のベルトルトが居たが、ベルトルトもいつの間にかエリシャの事を慕い、エリシャの傍にいるようになってしまった。
ベルトルトは今回の事件とは無関係だったと言う事が判明しているので重い罰は受けていないが、アイーシャに対して行った行動が咎められ、城の貴族牢に軟禁されている。
マーベリックはその内出す、と言っていたがまだ暫くは貴族牢に入れられたままだろう、と言うのがクォンツとリドル二人の意見だ。
アイーシャが様々な事を考えていると、馬車がカタリ、と揺れて止まる。
「お、着いたみたいだな」
「そうだな。マーベリック……殿下が待っているから行こうか」
馬車の窓から外を確認したクォンツとリドルが席を立ち、リドルが先に馬車を降りる。
その後にクォンツが続いて降りて、後に残ったアイーシャに向かって当然のように手を差し出した。
まるで当たり前のように伸ばされたクォンツの腕に、アイーシャはこそばゆさを感じながら不思議そうにアイーシャを待つクォンツの手に自分の手を重ねて地面に降り立った。
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