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 処刑人とケネブが何言か言葉を交わしているのがアイーシャ達が居る場所からも見て取れた。
 だが、ケネブがハッとして目を見開いた瞬間。無情にも二本の柱の上部に取り付けられた何重にも重なった鋭い刃がケネブの首を落とした。

 処刑場には重々しい音が響き、アイーシャは刃が落ちる瞬間に目を逸らしてしまった。

 いくら罪人とは言え、見知った顔が処刑される様を見るのはやはり辛い物がある。
 クォンツもアイーシャの気持ちを慮ってくれたのか、アイーシャがその瞬間を直視してしまわないよう、自然な動作でアイーシャの視線を逸らした。

「アイーシャ嬢、平気か?」
「平、気です……。すみません、しっかり、最後まで自分の目で見ます……」

 心配するように眉を下げて話し掛けて来るクォンツにアイーシャはぐっと自分の腹に力を入れて逸らした視線を元に戻す。

 視線の先ではケネブの体を数人の執行人が抱え、マーベリックの指示で壇上から去って行く。
 去って行く執行人達を背後にマーベリックは処刑の終了を告げ、今後のルドラン子爵家の事について話し始めた。

「此度の一件に深く関与していたエリザベート・ルドランとエリシャ・ルドラン両名は魔物襲撃により命を落とした。両名はケネブ・ルドランと同じく十年間に渡り国で禁止されている魔法の使用と隠匿を行っていた。この罪も極めて大きい。だが、ルドラン子爵家の養女であるアイーシャ・ルドランは此度の事件とは無関係であるため、成人までの数年間、爵位と領地は王家預かりとし、成人後再び返還する」
「……っ!」

 良く通るマーベリックの声で宣言され、アイーシャは息を飲む。

「殿下……っ、ありがとう、ございます……っ」

 聞こえる距離では無いが、マーベリックへアイーシャは心から礼を告げると深く頭を下げた。

 爵位を返還せず、領地を返還せずに済んだ。
 アイーシャが学園を卒業し、成人し爵位を継げるようになったその時には王家預かりであったルドランの爵位も、領地も再びアイーシャに戻される。
 それを、この場で宣言してくれた事を、多くの貴族の前で約束してくれた事にアイーシャは心から感謝する。

 失った物、失った人はあるが両親が大事にしていた領地を、領民を守る事が出来る。
 大切な家族はもう戻らないが、大切な思い出の残る場所をこれからも自分の手で守っていけるのだ、と言う事にアイーシャは小さく嗚咽を漏らした。

 ──これで本当に全て終わったのだ。

「アイーシャ嬢……」
「すみっ、ません……っ、今だけ……今だけですから……っ」

 咽び泣くアイーシャの背をクォンツはそっと支えた。






「──っ、」
「何処に行こうとしている」
「……殿下っ」
「貴方は存在しない人間だ。今、ルドラン嬢の前に姿を現す事は許されない。……これが、人道外れた過ちを犯した貴方への裁きだ。表立って貴方を裁く事は出来ないからな……。娘への接触、自分の正体を自ら知らせる事は禁ずる」
「……っ、寛大なご裁量、感謝してもし切れません」
「そうか? 自ら明かす事は禁じているのだぞ? 酷だとは思うがな」
「……ご冗談を。これ程に寛大な措置を取られる方を私は殿下以外には知りません」
「──ふん。さあ行け行け、シャーロット嬢との約束が今日もあるのだろう」

 マーベリックは深く頭を下げ、急いで去って行く執行人の後ろ姿を見送りながら小さく笑った。


◇◆◇

 処刑場を後にしたアイーシャは、クォンツのユルドラーク侯爵邸に戻る前にルドラン子爵邸に一度戻って来ていた。
 少しの間、ユルドラーク侯爵邸に滞在するため母、イライアの下に報告をしなければ、と考えたのだ。

 爵位と領地が王家預かりとなるが、恐らくマーベリックは今まで通りの生活を保証してくれる筈だ。
 だが、その許可が下りるまで多少時間は掛かる。
 許可が下りてから正式にこの邸に戻りたい。
 そう考えたアイーシャは少しの間この邸を、イライアから離れる事を直接報告しておきたかったのだ。

「クォンツ様、私の我儘でお手数を掛けてしまって申し訳ございません」

 邸の庭園の片隅、イライアの墓標に向かう道すがら芝を踏み締めながら隣を歩くクォンツに申し訳なさそうに話し掛ける。
 するとクォンツはきょとんとした表情でアイーシャに答えた。

「我儘なんかじゃねえだろ。自分の母親に報告しに来るのは当然の事だ。手間とも思わねえし……それに俺もアイーシャ嬢の母君には挨拶したいと思ってたしな……」
「お母様に……? ありがとうございます、クォンツ様」

 ふふ、とアイーシャはクォンツに笑いかける。
 そうして二人がぽつりぽつりと話しながら目的の場所にやって来て、そして。

「──っ!?」

 アイーシャは墓標を目にした瞬間、驚きにその場で足を止めた。

「アイーシャ嬢? どうした?」

 不思議そうに話し掛けて来るクォンツに言葉を返せない。
 アイーシャは漏れ出てしまいそうになる嗚咽を何とか抑えるために自分の口元を覆った。

「アイーシャ嬢……っどうしたんだ一体!?」
「……っ、クォンツ様、あれ……っ、見えますか?」
「何だ……?」

 アイーシャの指差す方向にクォンツも目を向けて、そして墓標に供えられている花を視界に捉え、「あれは」と小さく零す。

「あれ、は……っあの丘に咲いていた……っ、枯れない不思議な花です……っ」
「……摘んで帰って来ていたのか?」

 クォンツの言葉にアイーシャはふるふると首を横に振る。

「摘んでも、あの場所から離れると……普通のお花のように枯れてしまうんです……。だから、私は持って帰って来ていませんでした……」

 ゆっくりと墓標に近付いて行くアイーシャの覚束無い足取りを支えるように、クォンツは肩を抱きながら一緒に墓標まで向かう。

 魔力溢れる不思議なあの丘でしか咲き誇る事が出来ない花。
 その花が何故かイライアの墓標の前に沢山供えられている。
 そして、墓標の前一面にも植えられていて、その場所には確かに魔力が溢れていた。

 そんな芸当が出来るのはこの国で一人しかいない。

「クォンツ様のお邸に出立する時には無かったのです……」
「──ああ……」

 ボロボロと涙を零しながらアイーシャはその場にカクン、と膝を付いた。



「……っ、お父様っ、やっぱり生きていらっしゃるんですね……っ」

 咽び泣くアイーシャの声がさわさわと咲き誇る小さな花畑にか細く響いて消えた。
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