160 / 169
160
しおりを挟むだが、しゅんと肩を落としたアイーシャを元気付けようとしたのか、ウィルバートは比較的明るく次の言葉を紡いだ。
「──そうだ、アイーシャ……! イライアの墓標をこちらに移そうか。アイーシャも手を合わす時間が無かっただろう? それくらいの時間はある筈だ。イライアもきっと家に戻りたかった筈だからな」
「本当ですか!? とても嬉しいですっ!」
ウィルバートからの思ってもいなかった提案に、アイーシャは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「それくらいの時間はある、そうですよね殿下──?」
まるで希うようにマーベリックを見つめ言葉を紡ぐウィルバートに、マーベリックは小さく頷き口を開いた。
「ああ。それくらいの時間はある……。悔いの残さないようにな」
ぽつり、と呟いた最後の言葉は嬉しさを抑えきれずにクォンツやリドルと話をするアイーシャの耳には入らなかった。
◇◆◇
アイーシャの母、ウィルバートの妻であるイライアの墓標は馬車事故に巻き込まれ、川向うの隣国にある小高い丘にある。
魔力がとても豊富な場所らしく、一年中美しく咲き誇る花々に囲まれた場所だ。
どういった原理で花々が枯れないのかは分からないが、とても美しい場所に墓標がありアイーシャは記憶が無くとも妻と認識したイライアを丁寧に葬ってくれたウィルバートに感謝していた。
(お母様の身体がここには無くとも……始めはこうして綺麗な場所で眠っていたのね……)
王都へ戻って来たアイーシャ達はあれからマーベリックに許しを貰い、イライアの墓標を移動させる為に再び山中へと戻って来ていた。
「こうして、数人程度ならば私の闇魔法で転移する事が出来るから、アイーシャを連れてこられて良かったよ」
墓標の前で手を合わせ、祈りを終えたウィルバートがすくっ、と立ち上がりアイーシャに向かって歩いて来る。
風が吹くと花々がさわさわと揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
空は澄んでいてとても綺麗で、その様を全身で感じていたアイーシャは閉じていた瞳をぱちり、と開けた。
「連れて来て下さりありがとうございます、お父様」
「約束したからね。遅くなってしまってすまないね」
ウィルバートは何処か辛そうに表情を曇らせ、アイーシャの頭を撫でる。
「ここも綺麗だけど、イライアも家に戻りたいだろうし、アイーシャもすぐ側にイライアが居た方がいいだろう?」
「はい。いつでもお母様の墓標にお参り出来ますし……。そうだ、お父様……! もしすぐにルドラン子爵邸に戻る事が出来なくても、お母様の下に沢山足を運んで下さいね? お母様のお好きだったお花を植えたり、お母様がお好きだった食べ物……、それに近くでお茶会をしても良いかもしれません。ご友人達とお茶会をするのがお好きだったので!」
自分の顔の前で手を合わせ、ぱあっと嬉しそうに瞳を輝かせるアイーシャにウィルバートは自分の視界が滲んで来る事を悟り、そっと顔を背けた。
「お父様?」
不自然な態度のウィルバートにアイーシャが心配そうに声を掛ける。
するとウィルバートはアイーシャから顔を背けたまま優しく頭を撫でた後、イライアの墓標に向かって手のひらを向けた。
「……そろそろ移動させようか。墓標をあの場所からルドラン子爵邸の庭の片隅に移動させよう」
「分かり、ました……」
アイーシャに顔を見られないよう、真っ直ぐ墓標を見つめるウィルバートの口元は戦慄き、瞳からは堪えきれなかった涙が一筋頬を伝って行った。
そうして、翌日。
イライアの墓標の移動をした為、前日はルドラン子爵邸に滞在していたアイーシャをクォンツが迎えに来る日。
「──お父様は一体どちらで過ごされたのかしら……?」
ルドラン子爵邸には既に多くの使用人が戻って来ていた。
以前、ウィルバートと顔を合わせた家令のディフォートと料理長のハドソンだけがいる訳では無い。
突然ウィルバートが子爵邸に戻って来てしまっては混乱を招く。その上、ケネブやエリザベート、エリシャの事もある。
先ずはゆっくりと順々に説明をした方が良い、と言う事になりアイーシャはその言葉にただ素直に頷いた。
「クォンツ様の所……? それとも、殿下の下に行かれたのかしら……、?」
何やら、王都に戻って来る間ウィルバートとマーベリックは難しい顔で長時間色々と話していたようだ。
その話の続きでもしているのだろうか、とアイーシャが考えていると使用人のルミアの声が扉の奥から聞こえて来て、アイーシャは返事をして扉を開けた。
84
お気に入りに追加
5,669
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
酷い扱いを受けていたと気付いたので黙って家を出たら、家族が大変なことになったみたいです
柚木ゆず
恋愛
――わたしは、家族に尽くすために生まれてきた存在――。
子爵家の次女ベネディクトは幼い頃から家族にそう思い込まされていて、父と母と姉の幸せのために身を削る日々を送っていました。
ですがひょんなことからベネディクトは『思い込まれている』と気付き、こんな場所に居てはいけないとコッソリお屋敷を去りました。
それによって、ベネディクトは幸せな人生を歩み始めることになり――反対に3人は、不幸に満ちた人生を歩み始めることとなるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる