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◇◆◇

 突然、馬車の外が騒がしくなり一人で馬車内に残っていたアイーシャは外の様子を伺うために窓を開けるか、それとも馬車の扉から外に出て確認しようか、と一瞬だけ悩む。

「──外に出て確認した方が早そうね」

 クォンツからは安全が確認出来るまで中に居るように、と言われていたが御者もすぐ側に居る。
 少し離れた場所にはクォンツやリドルもいる。
 そしてアイーシャは多少ならば攻撃魔法も発動出来る。

「何かあったとして……他の方が駆け付けてくれるまでの時間ならば自分の身は守れる……」

 アイーシャは自分の手のひらをぐっ、と握り締め気持ちを落ち着かせてから扉の取っ手に手を掛けた。
 だが、アイーシャが扉を開ける前に勢い良く扉が外から開けられて、外に出ようとしたアイーシャは握っていた取っ手に引っ張られるようにして外へ体が倒れ込んでしまった。

「──っあ!」
「……っ、悪いアイーシャ嬢!」

 どさり、と勢い良く誰かの胸元に倒れ込んでしまったアイーシャだったが、しっかりと受け止められてほっとする。
 頭上から聞こえて来た声は最早ここ最近聞き慣れたクォンツの声で。
 アイーシャはクォンツの腕の中でがばりと顔を上げて口を開いた。

「クォンツ様……! 一体何が起きたのですか!?」
「──ああ、最悪だ」

 クォンツはひょいっとそのままアイーシャを横抱きにし、馬車から離れるように駆け出す。

 クォンツの向かう先には、リドルやマーベリックが集まっており、二人はアイーシャ達が走って来る後方に視線を向けて難しい顔をしている。
 何があったのだろうか、とアイーシャが背後を確認する前に駆けるクォンツが簡単に説明してくれた。

「エリシャ・ルドランが邪教が作り出した薬を飲みやがった……! その薬は人間を合成獣キメラに変貌させる力を持つ薬だ……! 吹き飛んだ腕を治癒している最中に教団の男から渡されてたんだろう、それを飲みやがったんだよ!」
「──なっ、!?」

 言葉を失っている内にリドルやマーベリックの居る場所に到着したクォンツは、抱き上げていたアイーシャをその場に下ろし、後方を確認する。

「ウィルバート卿もエリシャ・ルドランやケネブ・ルドランの近くに居た……、何ともなければいいが……」
「お父様が……!?」

 ウィルバートがあちらに居た、と聞いてアイーシャは焦ったように後方を振り返る。

 すると、ウィルバートはあちらにいた護衛数名と治癒術士を引き連れアイーシャ達の居る場所へ走って来ている。
 小脇には顔色を真っ白にさせたケネブがいて、ウィルバートはエリシャをその場に残し、ケネブと動ける者達を連れて避難してきたようだった。

「アイーシャ! 大丈夫か!?」
「お父様っ! お父様こそ、大丈夫ですか!? エリシャが薬を飲んでしまったと聞きました……っ、お怪我は!? エリシャに何かされてませんか!?」

 駆け寄って来るウィルバートに、アイーシャも駆け寄る。
 目の前にやって来たウィルバートの手を取り、無事を確認するとアイーシャはほっとしてウィルバートの胸元にどん、と抱き着いた。

「私は大丈夫だよ。クォンツ卿の声が聞こえてすぐにエリシャから離れたからね。──だが、エリシャが飲んだ薬……本当に合成獣キメラに……?」

 ウィルバートは言葉を切ると、離れた場所にぽつりと一人残されたエリシャが居る方向を見やる。

 ウィルバートの行動に倣うように、アイーシャも、その場に居たクォンツ達もエリシャへと視線を向けた。

 エリシャは未だ地面にへたり込んだまま微動だにせず、何かをぶつぶつと呟いている。

「──何か、喋っている……、?」

 風に乗ってエリシャの声が聞こえて来るが、何を喋っているか、言葉までは聞き取れない。
 もっと良く聞こえないだろうか、とアイーシャが足を一歩踏み出した所で、先程ウィルバートが地面に落としたケネブが突然暴れ出した。

「──っ、! ……っ、」
「こいつっ、急に……!」

 事故で喉を怪我してしまったのだろうか。
 ケネブは必死に口を動かしながら藻掻き、取り押さえようとする護衛達に抵抗している。
 言葉にならない掠れた声を必死に上げながら、取り残されているエリシャに向かって手を伸ばし、エリシャに向かって駆け出そうとしている。

 そこで小さくウィルバートがアイーシャを抱き留めている片手を動かした。

 瞬間。

「エリシャ……っ! エリシャアアア!!」

 声など出せていなかったケネブの声が出るようになり、カスカスに掠れてしまった声を必死に上げ、最早悲鳴を上げるようにエリシャの名前を叫ぶ。
 瞳いっぱいに涙を溜め込み、エリシャの名を叫ぶケネブは子を想う父の姿としてしっかりとアイーシャの目に映る。

 だが、アイーシャを抱き留めているウィルバートは酷く冷めた視線をケネブに向けていて。
 その様子を見ていたマーベリックは溜息を吐き出し、痛む頭を押さえるように額に手をやった。



「お前っ! ウィルバートっ、貴様ああ!」

 エリシャに向かって悲痛な叫び声を上げていたケネブが突然ウィルバートに向き直り、怒りをぶつけてくる。
 ケネブの鬼の形相と、怒声にアイーシャは幼い頃からの癖でついついびくり、と体を震わせてしまう。
 そのアイーシャの震えを如実に感じ取ったウィルバートは憎々しげにケネブを睨む。

「……何度言ったら愚弟は分かるのか。だろう」
「このっ、貴様っ、どの口が言う……っ!」
「──ケネブ・ルドランを拘束しろ!」

 今にも掴みかかろうと護衛を押し退け、ウィルバートとアイーシャに詰め寄ろうとするケネブに、マーベリックははっとして命を下す。

 マーベリックの声にクォンツやリドルもはっとして急いでケネブを地面に押さえ付け、その背中に片足を乗せて身動き出来ぬよう動きを封じる。



 そうして、ケネブに注目が集まっていた数秒間。
 誰もがエリシャから視線が外れている間に、変貌が始まった。
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