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「──いた! エリシャ・ルドランだ……! 手を貸してくれ!」
「……これは酷いな、殿下に治癒術士の使用許可を急ぎ取れ……!」
「このままだと手遅れになるぞ……」

 エリシャの顔を照らし、焦ったような表情で護衛達が周辺の瓦礫を撤去して行く。

 エリシャは先程まで自分の体中を襲っていた激しい痛みがいつの間にか綺麗に無くなっている事に首を傾げる。
 痛みが無くなるなんて不思議な事もあるのね、とぼやっとした思考で考えていると、灯り魔法によって真っ暗だった周囲が若干見えてくる。

 体を動かす事が出来ないので視界に入るだけの範囲になってしまうが、きょろ、と目を動かして辺りを確認していると、自分の手が視界に入った。

 肘から先の衣服が転倒事故にあったせいで破れてしまっている。
 肌が見えている手首には、アイーシャの婚約者、ベルトルトから贈られたブレスレットがある。

 何故それがそこにあるのかは分からない。

 だが、自分が地下牢に入っている時には私物は全て没収されていたのでそれが手首にある違和感を覚えたが、それ以上にエリシャは自分の肘から先が何故離れた所にあるのだろう、とぼうっとした頭で考える。

 何処か現実味が無くて、それが本当に自分の腕なのだろうか、と考える。

(だって……、だっておかしいもの……何で私の腕があんなに離れた場所にあるの?)

 これは悪い夢だろうか、とぼうっとする頭で考えているとじゃりじゃりと地面を踏み締め近付いて来る足音が聞こえる。



「──エリシャ・ルドランが見つかった、と? 状況は酷いのか!?」

 ちらり、と見える金糸のような髪の毛と、まるで黒曜石のような闇夜にも輝く瞳が向けられる。

 何処かで誰かが言っていた事をエリシャは何となく思い出す。
 黒曜石のような真っ黒い瞳はこの国の王族の証だ、と聞いた事がある。
 その真っ黒い煌めく瞳を向けられてエリシャはぎくり、と体を強ばらせた。

 逃げ出したいのに体が動かず、苦戦している内に王太子であるマーベリックが数人の護衛と治癒術士だろうか。その人間を引き連れてエリシャの下までやって来る。

「──ああ……、これは……」

 マーベリックはゆるり、と目を細めた後に隣にいる治癒術士に話し掛けた。

「転倒事故で右腕が吹き飛んだか……。元に戻す事は可能か?」
「些か損傷が激しく……治癒魔法では難しいかもしれません」
「ならば止血してくれ。失血死してしまっては困る」

 エリシャを見ながらスラスラと会話をするマーベリックと治癒術士に、エリシャはぱちくりと瞳を瞬いた。

 一瞬言っている言葉の意味が分からなくて。
 そして、その言葉を理解した瞬間にエリシャは目の前に落ちている自分の腕を見て悲鳴を上げた。





「──殿下、エリシャ・ルドランは? ケネブの娘は無事でしょうか?」
「ウィルバート殿か。ああ、生きてはいる。転倒事故の時に何がどうなって腕が吹き飛んだのかは分からんが、今は止血中だ。……自分の腕が目の前に落ちているのを見て悲鳴を上げて気を失ったよ」

 マーベリックはそこで一旦言葉を切ると、ウィルバートが引き摺るケネブにちらりと視線を向けた。

「ケネブ・ルドランに怪我は……? 死んでいないか?」
「ええ。危ない所でしたので治しました。……ですが申し訳ございません殿下。ケネブの治癒に魔力をかなり使い、エリシャを治す魔力は残っておりません」
「いや、なに。大丈夫だ」

 マーベリックは「それよりも」と言葉を続ける。

「だがそれより罪人の移送用馬車が壊れてしまったな……。これから先をどうするか……早く王都に戻りたいと言うのに……」
「馬車を待つしかありませんか?」
「──ああ。私はクォンツ達にそれを伝えて来る。治癒術士の下にケネブ・ルドランを連れて行ってもらってもいいか?」
「構いませんよ」

 マーベリックの言葉にウィルバートは笑顔で頷き、クォンツの下へ向かう後ろ姿を見詰める。

「──馬車にはまだアイーシャがいるのかな、」

 外に出ていないのであればちょうどいい、と呟くとウィルバートはケネブにぐっと顔を近付けた。

「殿下はお前が転倒事故を起こしたとはまだお気付きではないようだな? 馬鹿な弟だ。自分の娘は腕を失い、失血死寸前だったようだぞ?」
「──っ、」

 冷たい声音と表情でケネブに告げると、ケネブはウィルバートを睨め付ける。
 だが、ウィルバートが治癒の際に何かをしたのだろうか。ケネブは喋る事が出来ないのか、必死に唇をぱくぱくと動かしているが声は出ない。

「ああ、そう言えば邪教──教団の男が姪っ子に渡していた薬。地下牢に入れられる際に没収されたみたいだが、安心してくれ。可愛い姪っ子をここに連れて来る時にちゃんと返してあげたさ」
「──っ、!? っ! ……っ!」
「名前は何だったか……アイーシャの元婚約者……ああ、ベルトルト・ケティングだったか。あれは私の可愛い娘と婚約しているにも関わらず姪に執心していたようだな? あれから貰った贈り物を姪は大事にしていたようだから……ちゃんと元に戻しておいたよ」

 優しい兄だろう? と瞳を細めて笑うウィルバートに、ケネブは真っ青になりエリシャの姿を探した。
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