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「ああ、くそっ。最悪のタイミングだな……。まさかまだ生きているとは……」

 ウィルバートは木々の間からアイーシャ達を見つめながらどうしたものか、と考える。

「このままではアイーシャが怪我をするかもしれない……。それならば、あれを消すか……? だが、あれ程の質量……発動までに時間もかかるし魔力の消費量も大きい……。何よりもあれ程の大きさが対象だから発動時の粒子を抑えられるかどうか……」

 この場に王太子であるマーベリックがいなければまだ良かったものを、とウィルバートは嘆息する。

「殿下がいるのでは、誤魔化せんな……」

 どうにもマーベリックには、ウィルバートの心境・やろうとしている事を見破られている気がする。
 アイーシャやクォンツだけであればどうにか誤魔化す事が出来たかもしれないが、王太子であるマーベリックは洞察力が優れ、他人の感情の機微に敏い。
 そんな人間がいるのであれば誤魔化しは出来ないだろう。

「……あれも、私の手で変貌したものだ、と気付かれそうだな」

 溜息を吐き出し、ゆるゆると首を横に振ったウィルバートはアイーシャ達の元へ向かうため足を踏み出した。



 ウィルバートが近付いて来る気配を一早く察知したクォンツは、抱き留めていたアイーシャを自分の背後に隠し切羽詰まったように口を開いた。

「──気配が近付いて来る、リドル! 最悪マーベリックを退避させろ!」
「了解した!」

 ざわり、と周囲がざわめき近付いて来る気配に備える。
 巨体の生き物だけならばまだしも、こちらに近付いて来る気配は敵か味方か。
 場が一気に緊張感に包まれた瞬間、アイーシャ達に近付いて来ていた気配の正体が木々の間からひょこり、と姿を現した。

「わ、私だ。そんなに警戒しないでくれ、攻撃してこないでくれよ?」

 困ったように眉を下げて笑うウィルバートの姿に、その場に居た一同は驚きにぎょっと目を見開き、次いで安堵の溜息を吐き出す。

「ウィルバート卿……!? 早くこっちへ! その生き物の傍から早く離れてくれ!」

 安心したのも束の間。
 ウィルバートがひょこりと姿を現した場所は、ケネブやエリシャと近く、その二人から近いと言う事は必然的に巨体の生き物からも近い。

 その場所は危険だ、と言うクォンツの叫びにウィルバートは何とも言えないような表情を浮かべ、アイーシャ達の元へ足を向ける。

 不思議な事に、先程まで敵意を剥き出しに蠢いていた巨体の生き物はウィルバートが姿を現してから大人しくなり、ウィルバートがケネブやエリシャの近くを通過する際もじっと縮こまり静止している。
 先程まで撒き散らしていた酸性の体液すら吐き出さず、ウィルバートがアイーシャ達の元へ向かうのを静かに待っているようなそんな違和感。

「──……」

 その違和感に、マーベリックは僅かに眉を顰めた。

「お父様……っ、早くこちらに……! 危険ですっ」

 アイーシャがハラハラとしながら小声でウィルバートに声を掛ける。
 今は巨体の生き物はじっと静止しているが、いつ暴れ出すか分からない。ウィルバートが背を向けている間に先程のような体液を吐き出したら大変な事になる。
 そう考えてアイーシャはウィルバートに声を掛けたのだが、それを痛みに呻きながら聞いていたのだろう。

 ケネブは地面に崩れ落ちていたが、地面の土を掻き毟るように指先で引っ掻きながら首だけを上向けた。

「──っ、良く……言う……っ、この合成獣キメラもそこにいる……ウィルバートが……」

 ぼそりぼそり、と呟くケネブの声は小さく。また痛みに呻きながらのためアイーシャは上手く聞き取れない。
 だがアイーシャの後ろにいたマーベリックにはしっかりと聞き取れてしまっていた。

 マーベリックがちらり、とウィルバートに責めるような視線を向けるとその視線に気が付いたウィルバートは申し訳なさそうに微笑んだ。

「くそ……っ、くそ……っ上手く行っていた、と言うのに……何故、どこで崩れた……」

 喉まで焼かれたのか、ケネブが言葉を発する度にこぷり、と咥内から血が吹き出して来る。
 このままではケネブが命を落としてしまう、と判断したマーベリックは何とかケネブとエリシャをこちら側に連れて来て傷の手当が出来ないものか、と考える。

 あっさりと死んでしまっては意味が無い。
 まだ聞き出さねばならない事も多岐にわたる。
 邪教との繋がりや、消滅魔術ロストソーサリィの習得方法。
 教団関係者の大まかな人数。
 それらを洗いざらい吐かせた後、罪を償わせる。

「──ウィルバート殿」
「……何でしょうか、殿下」

 マーベリックはリドルの制止を無視し、ウィルバートに一歩近付いた。

 巨体の生き物がいつ動き出すか、と周囲は警戒しているが、この場にウィルバートが現れてから嘘のように生き物は大人しくなっている。

 マーベリックはあの生き物はもう自分達を攻撃して来る事はない、と言う事を察してウィルバートに続けて声を掛けた。

「……あの二人は、国で裁く。治療し、生かす。──いいな?」
「……」

 ウィルバートはマーベリックから一度視線を外し、アイーシャを見た後諦めたように口元を笑みの形に変えた。

「勿論でございます、二人が見つかって良かったです」
「ああ、あのような状態になってはいるが命が無事で良かった、と思っている」
「では、何故か大人しいあの生き物を始末した方がいいですね? このままにしておけば国民が被害を被ります」
「ああ。クォンツやリドル達と協力して始末を頼む……」
「承知しました、殿下」

 二人は言葉を交わした後、数秒だけ目を合わせた。
 そしてその後不意に視線を外し、ウィルバートはアイーシャに向かって笑顔を浮かべ歩き出した。
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