【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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◇◆◇

 場所は変わって、アイーシャ達が夜営を行っていた開けた場。

 巨体が上げた咆哮は、アイーシャ達のいる場所にもしっかりと届いており、響いて来た咆哮に周囲はざわりと緊張感に包まれた。

「──おいおい……、思ったよりも近いじゃねーか……」

 アイーシャの隣にいたクォンツが緊張に強ばった声で発した後、長剣の柄を握った事に気付いたアイーシャは咆哮が聞こえて来た方向に顔を向ける。
 奇しくもその方向は昨夜ウィルバートが戻って来た方向で。
 奇妙な偶然、一致にアイーシャは自分の胸中がざわり、とざわめいた。

「あの、方向……」
「アイーシャ嬢?」
「あの方向、昨夜お父様が戻って来た方向ではありませんか……?」

 細く呟いたアイーシャの声に、隣にいたクォンツが反応して聞き返す。
 すると、アイーシャはがばりと自分の顔をクォンツに向けて不安に塗れた声でそう零した。

 アイーシャの言葉を聞いてクォンツもハッと目を見開く。
 アイーシャの言う通り、先程獣のような咆哮が聞こえて来た方向はウィルバートが昨夜遅くに戻って来た方向と一緒だ。

「まさか、お父様の身に何か……?」
「いや、いやいやいや。まさかな……違うだろ……」

 あれ程の闇魔法の使い手だ。
 そうそう簡単にやられはしないだろう、とクォンツは瞬時に考える。
 ウィルバートの闇魔法はこの世界に存在している他の属性のどの魔法よりも強力で、恐ろしい。
 そんな力を持った人間が例え大型の獣や魔物に出くわし、襲われたとしても勝負にもならないだろう。

 だが、一つだけ懸念があるのも事実。
 以前ウィルバートが口にしていた「闇魔法は何でも出来る」といった言葉。

(……何でも出来るっ、つうのが……本当になら!)

 本当に何でも出来てしまう魔法なのだとしたら。

合成獣キメラだって、造ってしまえるっつー事だ……だが、そんな事をあの人がやる、か……?)

 クォンツはちらりと心配そうな表情を浮かべるアイーシャを見やる。

(だが……ウィルバート卿の妻が……最愛の家族が……酷い目に合って来た……俺だったら、俺が、もし……)

 何故かクォンツはアイーシャから視線を外す事が出来ない。
 じいっ、と見つめられている事に気付いたのだろう。視線に気付いたアイーシャがふ、とクォンツに顔を向けた。

「クォンツ様……?」

 常に無いクォンツの真剣な表情を見て、アイーシャは狼狽える。
 整った顔立ちの人間の無表情程、怖いものは無い。

 周囲は先程の咆哮にバタバタと慌ただしく動く気配がしているが、アイーシャは何故か動く事が出来ずにうろ、と視線を彷徨わせた所でクォンツの後ろから声が掛けられた。

「──クォンツ! クォンツ、おい、どうした!? 何をぼーっとして……っ、殿下が先程の咆哮が聞こえた方向に向かうそうだ……、ルドラン嬢もすぐに出立の準備を……!」
「──っ、悪い分かった」

 背後から緊迫した様子のリドルが駆け寄って来て、クォンツの背をひと叩きするとひょい、とアイーシャに顔を向けて声をかける。
 リドルの声に再びはっとしたクォンツは慌てて言葉を返し、じっと見詰めるアイーシャの頭をぐしゃり、と撫でてからぱっと手を離した。

「悪い、嫌な事を考えた……。天幕を片すぞアイーシャ嬢」

 撫でられた頭にそっと手を乗せたアイーシャは首を傾げつつ、戸惑いながらクォンツの後を追った。



 急いで出立の準備を終えたアイーシャは、前方で兵達と話すマーベリックとリドル、クォンツの元へと向かう。

 アイーシャがやって来た事に気付いたのだろう。
 話をしていたマーベリックはアイーシャに顔を向けると「ルドラン嬢」と声を上げた。

「はいっ!」

 マーベリックに名前を呼ばれ、たたたっ、とクォンツ達の方へ向かったアイーシャが合流すると、これからの動きをマーベリックが説明してくれる。

「ルドラン嬢。これから我々は先程の獣のような咆哮が聞こえた方向へ向かう。この場には半数程の人員を残して森の奥に入り、ウィルバート殿の捜索と共に、ウィルバート殿が見つけたと言っていた橋の捜索も同時に行う。……私とリドル、クォンツは森へ入る為、ルドラン嬢も私達に着いて来て欲しい」
「かしこまりました……!」
「……山道は険しい。辛くなったら遠慮せずに言ってくれ」
「お気遣い痛み入ります」

 本当は自分を連れて行かない方が山道の進みも早いだろう。
 だが、マーベリックが考えた上でアイーシャを連れて行くと決めたのであれば、アイーシャにそれを拒むつもりは無い。

(それに……、私がお父様を見つけなくては……そうしなくてはいけない気がして……)

 焦燥感、だろうか。
 漠然とした不安や焦り、それらを抱えながらアイーシャはマーベリック、リドル、クォンツ達と共に山道へと足を踏み出した。



 夜営をしていた場から出立してどれくらい経った頃だろうか。
 ぜいぜいと息が上がって来て、背中にもじっとりと汗をかいてきた頃。

 アイーシャの隣を歩いていたクォンツが一番にその気配に気が付いた。

「──マーベリック!」

 クォンツが鋭い声を上げ、手に持っていた長剣を鞘から抜き放つ。
 緊迫したクォンツの声に、先頭付近に居たマーベリックとリドル、そして先頭を歩いていたマーベリックの護衛が一瞬で剣を抜き放つ。

「殿下! 後ろにお下がり下さい!」
「……近付いて来るか、?」
「……人、?」

 護衛の声に、マーベリックは素直に数歩後ろに下がる。
 同じようにマーベリックの横に並び立ったリドルが自分達の前方を鋭く睨み付けながら呟いた。

「……っ」
「アイーシャ嬢、大丈夫だから慌てるなよ」
「分かり、ました……」

 ざり、と踵を鳴らしたアイーシャの背をすかさずクォンツが支える。
 ぐっ、とクォンツの方へと寄せられてアイーシャはいつでも魔法を放てるように前方に集中する。

 人、と言っていたがこんな場所に人が居るのだろうか。
 人、と言うのであればウィルバートだろうか。
 そうでなければ獣か、魔物だろうか、と忙しなく頭の中でぐるぐると考えていると、前方から話し声のような物が聞こえて来たのだった。
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