【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

文字の大きさ
上 下
145 / 169

145(閲覧注意)

しおりを挟む

少しだけ人道に反した描写が後半にあります
********************


「な、にを言って……、エリシャ、消滅魔術ロストソーサリィを、消滅魔術ロストソーサリィを忘れたのか……!?」

 今度はケネブが真っ青な顔になってエリシャに詰め寄る。
 今すぐウィルバートに消滅魔術ロストソーサリィを発動しろ! と肩を掴んで揺さぶるが当の本人はきょとんとした顔でケネブの言葉に首を捻るばかりだ。

「ちょ、ちょっとお待ち下さいお父様……っ、何が何だか……」
「エリシャ……! 幼い頃に別邸で覚えさせた事を忘れたのか……!?」

 何故突然そんな事に、と泡をくっていると背後からくくっ、と笑いを堪えるような声が聞こえて来てケネブは勢い良く振り返った。

 自分の背後で、口元に手をやり俯いているウィルバートの笑みに歪んだ口元を見て、ケネブはカッと怒りで頭に血が上った。

「──っ、ウィルバート!! 貴様が……っ、貴様っエリシャに何をした!」
「──……、貴様?」

 ケネブの荒い声音に俯いていた顔をゆらり、と上に向けたウィルバートは感情がごっそりと抜け落ちたような瞳でケネブをひたり、と見据えた。

「兄上、だろうケネブ。お兄様には敬意を払うものだ」
「──ケネブ・ルドラン!」

 ウィルバートが冷たい声音でそう告げた瞬間、教団の男が弾かれたように駆け出し、ケネブとエリシャの前に躍り出ると何かから二人を守るために両腕を全面に差し出した。

 瞬間。
 ──バチン!
 と空間に大きな破裂音が響き、ケネブ達三人は何かに弾かれるように後方に吹き飛ばされた。

「ぐぁ……っ」
「きぁああっ!」

 どしゃり、と地面に倒れ込んだ二人は前方で自分を守るように何かの魔法を使った教団の男を咄嗟に見上げる。

 教団の男はぶるぶると震えながら両腕を前方に突き出したまま、ウィルバートが近付いて来るのをただ黙って見詰めている。

「おいっ! 逃げるぞ……! 何が何だか分からんが、早くこの場を離れた方がいい!」

 ケネブは急いで立ち上がると、自分と同じように地面に倒れ込んだエリシャの腕を掴み立たせ、エリシャの腕を引きウィルバートとは逆方向へと駆け出す。
 未だにエリシャは何が起きているのか理解していないようで目を白黒させながら「お父様のお兄様!? 何で?」などと叫んでいるが、今はエリシャに説明してやる時間など無い。

 ざわざわ、とケネブの胸中が騒いでいる。
 これは本能だろうか。本能で、この場所に居続ける事は危険だ、と示しているのだろうか。

 混乱にぐちゃぐちゃな思考の中、何処か妙に冷静な部分で思考を続ける。

(──あれ、は……っ、本当に誰だ……!? あれがウィルバート、だと……!?)

 あんな人間だっただろうか、とケネブは乱れる呼吸で必死に足を動かし続ける。
 エリシャを引っ張りながら足を動かし、ちらりと背後を見やる。
 すると、ウィルバートは教団の男の目の前までやって来ており、足を止めているのが見えた。

(あの男は、もう駄目だ……っまた教団から人間を送ってもらわねば……)

 何故そう思ってしまうのかは分からないが、ケネブは最後にウィルバートと教団の男の姿を瞳に映した後、振り切るように前を向いてそのまま未だ薄暗い森の中へとエリシャを伴い姿を消した。





 教団の男を残し、逃げ出したケネブとエリシャの姿を見た後、ウィルバートは自分の目の前で恐怖に全身を震えさせている男につい、と視線を戻した。

「──行ってしまった、な?」

 嫌に静まり返ったその場に、ウィルバートの静かな声が響く。
 ウィルバートの声に返事を返す事なく、教団の男は信じられない者を見るような目で、ウィルバートを見上げた。

 ぶるぶると震える男の唇が何か言葉を発する事は出来ず──いや、言葉を発する事など出来ないのか、男は絶望に染まった表情でウィルバートを唖然と見上げながらやっとの思いで一言だけ呟いた。

「──化け、物……」
「……ありがとう」

 その言葉にウィルバートはにこり、と微笑む。
 微笑みを見た教団の男はその瞳からつうっ、と涙を流し、ウィルバートが発動した闇魔法の粒子が視界いっぱいに広がった。






 真っ黒い粒子が男を包み込んだ後、ウィルバートは興味を失ったようにふいっと踵を返し、ケネブとエリシャが姿を消した方向とは逆方向へと足を向ける。

 さくさくと地面を踏みしめ足を動かし続ける。

「──感情を、殺さなければ……。良心など捨てなければ……」

 ぶつぶつとウィルバートは自分自身に言い聞かせるように呟き続ける。
 そうしなければ自分が考えている事を成し遂げる事なんて出来やしない。

「……イライア、イライア……っ、早く会いたい……っ」

 ウィルバートはまだ薄暗い中、太陽の光に恋焦がれるように頭上を見上げたが視界には鬱蒼と茂り光を遮るように生い茂っている葉しか無く、ウィルバートはぽたりぽたりと自分の瞳から涙を幾筋も流した。




 ウィルバートの後方。
 先程まで教団の男がいた場所には、得体の知れない巨大な影が突如出現した。
 その巨体は、のそり、と身じろぐと獣のような汚い声で咆哮を上げ、何かに導かれるようにケネブとエリシャが去って行った方向へ動き出した。

 その様子を何故か見えていたウィルバートは、涙を流しながら「鬼ごっこの始まりだ」と無感情に呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 402

あなたにおすすめの小説

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

処理中です...