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 ケネブ・ルドランが殺される。

 マーベリックが紡いだ言葉に、アイーシャは信じられない、とばかりに瞳を見開いた。

「──殺される、って……何故……誰に……」
「……分かるだろう? あの男を一番恨み、殺したい程憎んでいるのは……ウィルバート殿だ」
「……っ、」

 きっぱりと強い口調でマーベリックの口から語られ、アイーシャは唇をきゅっと噛み締め俯いた。

(……っ、確かに、確かに殿下の仰る通りだわ。お母様の身に起きた事……お父様自身、苦しんだ十年間を思えば……とても叔父様を許せる筈が無い)

 愛する人を異形の魔物へと変貌させられた悲しみや苦しみ、恨みは幾ばくか。
 その事を思うとアイーシャは胸が苦しくなる。

「ルドラン嬢……、もしウィルバート殿がケネブ・ルドランを手にかけてしまえば……、我々は彼を裁かねばならない……罪人とは言え奴にはまだ情報を吐かせねばならない。それを独断で殺してしまえば……、ああ、そうか……。だからウィルバート殿は独断で動いたのか……」

 参ったな、と言うように額に手を当て頭を振るマーベリックにアイーシャはどう答えればいいのか分からない。

 父親の気持ちを考えれば、気持ちは痛い程良く分かる。
 だが、マーベリックの言う通りケネブ・ルドランから引き出さねばならない情報は山ほどある。

「──殿下……、」
「殿下! お話中の所申し訳ございません!」

 アイーシャが口を開いた瞬間、天幕の外から慌てた様子で一人の男が転がり込んで来た。
 隊服を見る限り、マーベリックが連れて来た私兵だろうか。
 その私兵は真っ青になりながら、マーベリックの姿を認めると大慌てでマーベリックに駆け寄る。

「……大事な話の最中だ。それを中断させる程の大事か?」
「──っ、申し訳ございません……っ、ですがこの件は……っ! 大事と判断致しますっ」

 固いマーベリックの声音に、やってきた私兵は一瞬怯んだものの表情を引き締めると言葉を続ける。
 その様子を見てマーベリックもただ事では無い、と判断したのだろう。
 アイーシャに向けていた体を私兵の男に向け直し「何事だ」と問うた。



「──はっ。先程、王都から緊急用の連絡が入り、エリシャ・ルドランが……地下牢から忽然と姿を消した、と報告が上がりました……!」

 私兵の男の声に、周囲は一瞬静まり返った。




◇◆◇

 場所は変わり、陽の光が差し込まぬ薄暗い森の中。

 男──ケネブ・ルドランはぜいぜいと肩で息をしながら自分の少し後ろを歩く男をちらりと見やった。

 険しい山道を長時間歩いていると言うのに、息一つ乱さず口元には笑みさえ浮かべている薄気味悪さに背筋がぞっとする。

(──本当に、この教団の連中は薄み気悪い……。だが、私が逃げるためには協力が必要だ……仕方ない……)

 一人だけ逃げ出してしまった後ろめたさはあるが、すぐにエリシャもエリザベートも合流する手筈になっている。

(そうだ……、この国さえ出てしまえば、隣国に落ち延びてしまえばどうとでもなる……ウィルバートめ……! 再びまんまと私に出し抜かれてっ、間抜けな奴め……アレの妻ももういない、娘もその内合成獣キメラにして、絶望させてやる……っ)

 最愛の妻を合成獣キメラにされた事を知り、どんな心境だっただろうか。
 手にかけた時の心境は?
 どれだけ絶望しただろうか。
 それをもう一度、娘で味わわせてやりたい。

(アイーシャをここまで育ててやった意味があると言うものだな……!)

 ケネブがにたり、と汚らしい笑みを浮かべると、後ろを歩いていた教団の男が突然ぴたり、と足を止めた。

「……ケネブ卿、止まって下さい。誰かいます」
「──なに!?」

 緊張を孕んだ固い声音に、びくりと体を震わせたケネブは慌ててその場に立ち止まる。

 薄暗く、視界も悪い中誰かがいるなど良く分かったな、とケネブが視線の先を目を細めて見詰めていると、ゆらり、と影のようなものが動いたのが分かった。

 人影だ。

 その事を察したケネブはずり、と一歩後退ると震える声で叫んだ。

「そこにいるのは誰だ……!」

 自国の者に見付かる筈は無い。
 教団の協力者に強力な魔法で橋を作らせ、渡って来た。
 その橋は既に破壊させているので自分が渡って来た橋を使って追手がやって来るのは有り得ない。

 追手がやってくるのはまだまだ先だろう、と踏んでいた分ケネブは動揺した。


 だが、ゆらりと揺らめく人影が薄らと差し込む光に照らされて姿を表す。

 日が昇る前に移動して来ていたが、大分時間も経っている。
 朝日が昇っているのだろう。
 鬱蒼と茂る葉の隙間から差し込んだ太陽の光がその者の姿を照らして、ケネブは驚愕に瞳を見開いた。

「──なぜ、ここにいる……」

 ケネブは、自分の目の前にいる人物の姿が信じられなくてぽつり、と呟く。
 その声は恐怖に塗れて少しだけ震えている。

「なぜ……、? お前を追って来たのだから当然だろう?」

 ケネブの声に答えた男は、一歩一歩足を進めしっかりと姿を表す。

「ああ、地下牢に忘れ物だよ。会いたかっただろう?」

 にこり、と微笑んだ男は無造作に抱えていた物をケネブの居る方へ放り投げる。
 するとどしゃり、とそれは地面を転がりケネブの足元へ辿り着いた。

「──えり、しゃ……」
「……んぅ」

 すうすう、と呑気に寝息を立てている自分の娘を見開いた瞳で見詰めた後、ケネブはゆっくりと再び視線を上へと上げる。

 風など吹いていないと言うのに、ケネブの視線の先にいる男の綺麗な躑躅つつじ色の髪の毛がふわりふわりと風に靡いていて、ケネブは自分の膝が笑っている事におくらばせながら気付いた。
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