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しおりを挟むかさかさと草を踏みしめる音が聞こえて来て、アイーシャとクォンツ二人の間に緊張が走る。
クォンツは長剣の柄に手を掛け、アイーシャを自分の背後に隠し、真っ直ぐに前を見据える。
アイーシャはクォンツに庇われながらそっとクォンツの服の裾を握り、前方を凝視する。
もし獣か何かが出て来た時に直ぐに対応出来るように二人ともいつでも魔法を放てるように準備をしながらじっと前方を見詰めていると──。
「お、? 何だ、どうしたどうした二人とも。アイーシャもそろそろ寝ないと明日に響くぞ?」
ひょこり、と暗がりから不思議そうな顔でウィルバートが顔を覗かせて。
アイーシャとクォンツは肩から力を抜いた。
「お、お父様……もうっ、びっくりさせないで下さい……っ」
「ウィルバート卿……こんな夜分に一人で何処に? 危ねーんで単独行動は止めて下さいよ」
クォンツの陰から出たアイーシャはたたた、とウィルバートに駆け寄り、何処にも怪我をしていないか確認し、クォンツは自分の後頭部をがしがしと書きながら呆れ混じりに声を掛ける。
アイーシャの心配に嬉しそうに表情を崩していたウィルバートは「すまんすまん」と二人に声をけると、二人を促して天幕へと戻った。
クォンツが天幕に戻った事を確認したウィルバートは、欠伸を噛み殺している様子のアイーシャの肩を叩いて自分の天幕を顎で示す。
「……お父様、?」
どうかしたのか、とアイーシャが続きを口にする前にウィルバートは天幕の入口を開けて中に入るよう促す。
不思議そうな顔をして自分の後ろを着いて来るアイーシャを天幕に入れ、ウィルバートはくるりと振り返った。
振り返った時のウィルバートの悲しげな表情を見て、アイーシャは目を見開く。
何故そんなにも悲しげな表情を浮かべているよか分からず、アイーシャが混乱しているとウィルバートがおもむろに口を開いた。
「……橋を見付けたよ。恐らくケネブはその橋から隣国に渡ったのだろう」
「! 橋があったのですね……! お父様はそれを探されていたのですか?」
「うん。私や、クォンツ卿、彼の父親クラウディオ卿が隣国に辿り着いたのは崖から落下して川を流されたからだが……あれが、ケネブが同じように川に流されるとは思えない。やはり協力者がいて、橋を作らせたのだろう」
そのような事をして大怪我を負ったら動けなくなるからね、とウィルバートは自嘲気味に呟く。
「橋の場所は把握したから、明日殿下に報告して橋から隣国に渡ろう」
「分かりました」
アイーシャがこくり、と頷くとウィルバートはぱっと表情を明るく切り替えて「さあ、もう寝なければ」と声を掛ける。
だが、ウィルバートの態度に違和感を覚えていたアイーシャはじいっと自分の父親の顔を見つめながら躊躇いがちに口を開いた。
「そのお話をするためだけに、私だけを天幕に……? このお話でしたらクォンツ様も一緒でも良かったと思うのですが……お父様は他にも何かお話したい事があったのではないでしょうか?」
「……いや、無いよ。クォンツ卿も疲れているだろう、と思って先に戻ってもらっただけだからね」
にこり、と笑顔を浮かべてはっきりとそう告げるウィルバートにアイーシャは胸騒ぎを覚える。
確かな違和感。
違和感を感じていると言うのに、それが上手く言葉に出来ずウィルバートに問い質す事も出来ない。
「さあさあ、アイーシャ。睡眠はお肌の大敵なんだろう? 早く寝なくてはいけないね」
「っ、お、お父様……っ、何かあれば……、私にすぐに教えて下さいね……っ!」
「──ああ、勿論だよ」
先程とは打って変わって、アイーシャを自分の天幕へ誘導するウィルバートにアイーシャは益々首を傾げる。
(絶対に、何かあるはずなのに……っお父様はさっき何か……伝えるべきか否か……考えていたはずなのに……!)
それを伝えてもらえない事が歯がゆくて。
アイーシャは優しく自分の背を押すウィルバートをちらちらと最後まで振り返りながら自分の天幕へと戻った。
アイーシャを天幕に戻し一人になったウィルバートは、アイーシャが出て行った入口を見つめながら小さく呟いた。
「──ごめんな」
そして、翌朝。
一行からウィルバートは忽然と姿を消していた。
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