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 ──夜半。
 夕食が終わり、見張りの者を残し皆が天幕に入った後。
 アイーシャは隣の天幕で寝ているであろう自分の父親を思い出し、天幕がある方向へ視線を向ける。

「──お父様、何だか様子が変だった……?」

 ぽつり、と呟いた言葉がずしりと自分の胸に重く沈み込む。

 何処が変だったか、とはっきりとは言い表せ無いが記憶を取り戻した直ぐはアイーシャが記憶している優しい父親の姿と変わらなかった。
 優しい、と言うのは今も変わらないがふとした時の雰囲気や言葉に少々引っ掛かりを覚える。

「……何だか、不自然よね……」

 何が、とは分からないが。
 何故か漠然とした不安がアイーシャの胸中を満たす。
 漠然とした形容し難い不安感。
 そんなものがここ数日ずっとアイーシャをもやもやと落ち着きなくさせている。

「クォンツ様や、殿下……アーキワンデ卿と世間話をしている時は普通なのだけれど……何だか、無理、しているみたい……」

 アイーシャはそう考えてしまう自分の感覚がおかしいのか、と考えるが違和感は払拭出来ない。

「──お父様とお話、してみようかしら……」

 もう寝ているだろうか、と父親の休む天幕の方へ向けていた視線を一旦外すとその場に立ち上がる。

 アイーシャは自分の肩に軽く外套を羽織ると、天幕の出入口に向かう。
 周囲はしん、と静まり返っており、虫の音だけが聞こえて来て天幕から外に出る事を若干躊躇うが、それも一瞬で。
 アイーシャはばさり、と天幕の入口の布を開けるとそっと外に顔を出した。

 周囲に人の気配は無く、少し遠くに見張りの者の明かりが見える。
 時折こちらの方まで見回りにやって来ているようだが、今はその見回りの時間では無いのだろう。
 見張りの者が近付いて来る気配も無く、アイーシャは父親の天幕の出入口までそのまま近付いて行った。

「お父様? 私です、アイーシャです。お邪魔してもよろしいですか?」

 外から中に向かってアイーシャは話し掛けるが、話し掛けた後数秒待っても中から返事が返って来る事は無い。

 あれ? とアイーシャが首を傾げてもう一度「お父様?」と声を掛けると、アイーシャやウィルバートの天幕の近くにクォンツの天幕もある為、アイーシャの声が聞こえたのだろう。
 クォンツが自分の天幕から不思議そうにひょこり、と顔を出した。

「──アイーシャ嬢? どうした……?」
「あっ、クォンツ様お休みの所申し訳ございません……」
「いや、まだ寝てなかったらいいんだけどよ……ウィルバート卿がいねえのか?」

 クォンツは一度天幕の中に顔を引っ込めると、何やら中でごそごそとしている。
 そうして再び天幕の外に今度は出てくると、アイーシャの近くにやって来て、自分も同じくウィルバートの天幕の出入口前に立つ。

「その、ようですね……。こんな夜中にお父様は何処に行ってしまったのでしょう」
「……直ぐに戻って来るかもしれねえが……一緒に待っておこうか?」
「えっ、ですがもう夜も遅いですし……! 申し訳無いです、寝て下さい……!」

 自分に付き合おうとしてくれるクォンツに、アイーシャはそれは悪い、と断るがクォンツはその場にしゃがみ込んでしまった。

「いや。周辺には獣避けの魔道具を置いてはいるが……万が一って事もあるしな。アイーシャ嬢一人で外で待ってるのはなぁ……」
「多少なら、攻撃魔法も使えますし……」
「獣が出たら危ないだろ?」
「ありがとう、ございますクォンツ様」
「どういたしまして」

 にいっ、と口端を持ち上げて笑うクォンツにアイーシャも自然と笑顔を浮かべる。

 暫しアイーシャとクォンツはその場で会話をしつつウィルバートを待ったが、その間ウィルバートが戻って来る事は無かった。



「どうしましょう……こんな長い時間戻って来ないのは……、普通なのでしょうか?」

 暫く会話を楽しんでいたアイーシャとクォンツだったが、ふ、と会話が止んだ時に大分時間が経過している事に気付き、アイーシャはウィルバートを心配するように眉を下げて困り顔でクォンツに話し掛けた。

「いや……、どうだろうな……。俺は討伐に行った時などは天幕でゆっくり休みたいから外の用事は早めに済ますが……。確かに戻りは遅いかもしれねえ」
「そ、それならばっお父様に何かあったのかもしれません……! どうしましょうか、殿下やアーキワンデ卿にお話をした方がいいでしょうか!?」

 わたわたと慌て始めるアイーシャにクォンツは落ち着くように伝えると、天幕が張られている場所から山中の山深くを見詰める。

「……、そうだな……。確かに戻りが遅い……。マーベリックに伝えてからウィルバート卿を探しに出るか……?」

 そう、クォンツが判断した時。
 少し離れた場所からこちらに近付いて来る足音が二人の耳に届いた。
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