【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 ──マーベリック達にも、自分自身がケネブを見付ける事が出来る事を伏せておいた方がいいだろう。

 ウィルバートはそう考えると、ケネブの捜索に頭を悩ますマーベリックとリドルに同調しつつ、そっと闇魔法を展開する。
 慣れない内は闇魔法を発動すると黒い粒子がきらきらと空中に舞ってしまっていたが、ある程度魔法の制御が出来るようになって来た。

(いや、コツを掴んだと言う事か……)

 補助魔法のように周囲に人の気配が無いかどうかを探るように広く網目のように魔力を放出する。
 だが、そこでウィルバートはケネブの魔力を察知出来るようにひと工夫した。

 エリシャとケネブは血の繋がりがある。

 昨夜、エリシャを拷問した者が地下牢から居なくなった時にウィルバートはエリシャの地下牢に忍び込んでいた。
 そうして、少しだけエリシャの血を拝借して血から読み取れる情報を自分自身に記憶した。

 その為、エリシャと血縁関係のあるケネブの反応を絞り込み広く広く遠くまで魔法を行き渡らせる。

 いくら魔力の出力を絞ったとしても、闇魔法に目覚める前のウィルバートにはこのような芸当、到底出来るものではなかった。
 同じような事を昔にしようとしていたら、恐らく魔力切れを起こし命を失っていただろう。

(──……ふっ、ますます人間離れして来ている……)

 ウィルバートは自嘲の笑みを浮かべると俯く。
 先日、感情が一つ死んだ時に自分自身、人間らしさを失っていっていると言う事は自覚していた。

(まだ、そう言った事が考えられる……だから、僕はまだ人としての思考が出来ているから……人ではある)

 遠くまで魔力を行き渡らせながらウィルバートは考える。

(けれど、どこまで行ったら僕は人ではなくなるのだろうか……そもそも、人って……? 憎しみに心が蝕まれたら人ではなくなる? 人間の定義って、いったいなんだ?)

 恨み憎しみを抱いたら人ではなく、化け物になるのだろうか。
 人を慈しみ、愛すれば人で居続けられるのだろうか。

 それならば、妻を愛し、娘を愛し、弟を憎み恨み、姪を恨んでいる自分は何なのだろうか、とウィルバートは俯いていた姿勢から顔を上げる。
 愛情と、怨嗟の念が自分の中には同時に存在している。

 これでも、僕は人間なのだろうか、とウィルバートが虚空を見詰めていたその時。



「──、みつけた」

 自分の魔力に、ケネブと思わしき魔力反応が引っ掛かり、ウィルバートは無意識に口元を笑みの形に吊り上げた。





「ウィルバート殿?」
「──お父様?」

 すぐ側からマーベリックとアイーシャの自分を呼ぶ声が聞こえて、ウィルバートははっと目を見開いた。

(しまった、闇魔法に集中し過ぎていた……)

 不思議そうに自分を見るマーベリックと、心配そうに自分を見上げるアイーシャに、ウィルバートはふにゃりと表情を崩すとアイーシャの頭を撫でながら口を開いた。

「申し訳ございません、殿下。ケネブを見つけ出す方法が無いか考え込んでしまっておりました」
「それは嬉しいが……無理して考え込まずとも良いぞ? 時間は掛かってしまうだろうが、地道に調べて行こう」
「殿下の仰る通りです、お父様。……何か無理をして探そうとしていたのでは無いですよね?」
「ふふっ、大丈夫だよアイーシャ。闇魔法は万能ではないらしい。私も殿下のご判断に従いますよ」

 にこにこと頭を撫でて来るウィルバートの様子に、アイーシャは若干の違和感を感じるがその違和感がなんなのかはっきり分からず、僅かに首を傾げるとウィルバートの腕を取って「休憩だそうですよ」とクォンツのいる方向へと促し歩き出す。

 ウィルバートはアイーシャに手を引かれて歩いている間にケネブの居所を確定させる為に魔力を放った。
 闇魔法で作られたウィルバートの魔力は、一行から遠く離れた場所で黒い鴉のような形を取り、空高く飛んで行った。





「ウィルバート卿って何か苦手な物でもあるんですか?」
「苦手な物? いや、特には無いな」

 ──ぱちぱち、と火が爆ぜる。

 とっぷりと日が暮れ、太陽が西に沈んでからどれくらい時間が経った頃だろうか。

 休憩を挟んだ一行は少しだけ山の中を進み、野営が出来そうな建物の崩壊した跡を見付けた。
 隣国との距離は目と鼻の先に迫った場所であるため、自国の土地で休もうと言う事になった一行はテキパキと準備をして、今は夕飯の時間。

 世間話の延長で、クォンツから食べ物で苦手な物は無いのか、と聞かれたウィルバートは隣でハフハフと熱を冷まし、汁物を飲んでいるアイーシャを目を細めて見詰めた後そう答えた。

「アイーシャは逆に食べられない物が多かったな。今は克服しているのかい?」
「も、もちろんですっ! もう子供ではありませんから……っ、好き嫌いは無いですっ」
「私の前ではまだまだ子供で良いんだよ?」

 子供扱いしないでください! と恥ずかしそうにしているアイーシャにウィルバートはにこにこと嬉しそうに笑顔で話し掛ける。

「だが……アイーシャ嬢、確か俺の家では……」

 クォンツがあれ? と言うように口を開いたのを見て、アイーシャがクォンツをきっ、と睨む。
 恐らく、アイーシャがユルドラーク侯爵家で朝食を頂いた際に苦手な食べ物を後に残してちまちま食べていた所を見ていたのだろう。
 その事を指摘しようとしたクォンツは頬を染めて父親に恥ずかしい事を言わないで! と言うようなアイーシャの態度に思わず吹き出してしまう。

「……っ、ふっは……っ、りょーかいりょーかい。言っちゃいけねえんだな」
「クォンツ様っ!」

 日を追う毎に、共に過ごす時間が増える毎に何処か遠慮して踏み込んで来なかったアイーシャが自分の感情を見せるようになって来ている。
 その変化が嬉しくて、クォンツが頬を緩めているとじとっ、とした視線がアイーシャの隣から寄越される。

「──うちの娘と、随分仲が良さそうだな……」
「……っ、」

 小さく地を這うような声音で「小僧」と呟いたウィルバートの声に、クォンツはびゃっと背筋を伸ばした。
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