139 / 169
139
しおりを挟む──マーベリック達にも、自分自身がケネブを見付ける事が出来る事を伏せておいた方がいいだろう。
ウィルバートはそう考えると、ケネブの捜索に頭を悩ますマーベリックとリドルに同調しつつ、そっと闇魔法を展開する。
慣れない内は闇魔法を発動すると黒い粒子がきらきらと空中に舞ってしまっていたが、ある程度魔法の制御が出来るようになって来た。
(いや、コツを掴んだと言う事か……)
補助魔法のように周囲に人の気配が無いかどうかを探るように広く網目のように魔力を放出する。
だが、そこでウィルバートはケネブの魔力を察知出来るようにひと工夫した。
エリシャとケネブは血の繋がりがある。
昨夜、エリシャを拷問した者が地下牢から居なくなった時にウィルバートはエリシャの地下牢に忍び込んでいた。
そうして、少しだけエリシャの血を拝借して血から読み取れる情報を自分自身に記憶した。
その為、エリシャと血縁関係のあるケネブの反応を絞り込み広く広く遠くまで魔法を行き渡らせる。
いくら魔力の出力を絞ったとしても、闇魔法に目覚める前のウィルバートにはこのような芸当、到底出来るものではなかった。
同じような事を昔にしようとしていたら、恐らく魔力切れを起こし命を失っていただろう。
(──……ふっ、ますます人間離れして来ている……)
ウィルバートは自嘲の笑みを浮かべると俯く。
先日、感情が一つ死んだ時に自分自身、人間らしさを失っていっていると言う事は自覚していた。
(まだ、そう言った事が考えられる……だから、僕はまだ人としての思考が出来ているから……人ではある)
遠くまで魔力を行き渡らせながらウィルバートは考える。
(けれど、どこまで行ったら僕は人ではなくなるのだろうか……そもそも、人って……? 憎しみに心が蝕まれたら人ではなくなる? 人間の定義って、いったいなんだ?)
恨み憎しみを抱いたら人ではなく、化け物になるのだろうか。
人を慈しみ、愛すれば人で居続けられるのだろうか。
それならば、妻を愛し、娘を愛し、弟を憎み恨み、姪を恨んでいる自分は何なのだろうか、とウィルバートは俯いていた姿勢から顔を上げる。
愛情と、怨嗟の念が自分の中には同時に存在している。
これでも、僕は人間なのだろうか、とウィルバートが虚空を見詰めていたその時。
「──、みつけた」
自分の魔力に、ケネブと思わしき魔力反応が引っ掛かり、ウィルバートは無意識に口元を笑みの形に吊り上げた。
「ウィルバート殿?」
「──お父様?」
すぐ側からマーベリックとアイーシャの自分を呼ぶ声が聞こえて、ウィルバートははっと目を見開いた。
(しまった、闇魔法に集中し過ぎていた……)
不思議そうに自分を見るマーベリックと、心配そうに自分を見上げるアイーシャに、ウィルバートはふにゃりと表情を崩すとアイーシャの頭を撫でながら口を開いた。
「申し訳ございません、殿下。ケネブを見つけ出す方法が無いか考え込んでしまっておりました」
「それは嬉しいが……無理して考え込まずとも良いぞ? 時間は掛かってしまうだろうが、地道に調べて行こう」
「殿下の仰る通りです、お父様。……何か無理をして探そうとしていたのでは無いですよね?」
「ふふっ、大丈夫だよアイーシャ。闇魔法は万能ではないらしい。私も殿下のご判断に従いますよ」
にこにこと頭を撫でて来るウィルバートの様子に、アイーシャは若干の違和感を感じるがその違和感がなんなのかはっきり分からず、僅かに首を傾げるとウィルバートの腕を取って「休憩だそうですよ」とクォンツのいる方向へと促し歩き出す。
ウィルバートはアイーシャに手を引かれて歩いている間にケネブの居所を確定させる為に魔力を放った。
闇魔法で作られたウィルバートの魔力は、一行から遠く離れた場所で黒い鴉のような形を取り、空高く飛んで行った。
「ウィルバート卿って何か苦手な物でもあるんですか?」
「苦手な物? いや、特には無いな」
──ぱちぱち、と火が爆ぜる。
とっぷりと日が暮れ、太陽が西に沈んでからどれくらい時間が経った頃だろうか。
休憩を挟んだ一行は少しだけ山の中を進み、野営が出来そうな建物の崩壊した跡を見付けた。
隣国との距離は目と鼻の先に迫った場所であるため、自国の土地で休もうと言う事になった一行はテキパキと準備をして、今は夕飯の時間。
世間話の延長で、クォンツから食べ物で苦手な物は無いのか、と聞かれたウィルバートは隣でハフハフと熱を冷まし、汁物を飲んでいるアイーシャを目を細めて見詰めた後そう答えた。
「アイーシャは逆に食べられない物が多かったな。今は克服しているのかい?」
「も、もちろんですっ! もう子供ではありませんから……っ、好き嫌いは無いですっ」
「私の前ではまだまだ子供で良いんだよ?」
子供扱いしないでください! と恥ずかしそうにしているアイーシャにウィルバートはにこにこと嬉しそうに笑顔で話し掛ける。
「だが……アイーシャ嬢、確か俺の家では……」
クォンツがあれ? と言うように口を開いたのを見て、アイーシャがクォンツをきっ、と睨む。
恐らく、アイーシャがユルドラーク侯爵家で朝食を頂いた際に苦手な食べ物を後に残してちまちま食べていた所を見ていたのだろう。
その事を指摘しようとしたクォンツは頬を染めて父親に恥ずかしい事を言わないで! と言うようなアイーシャの態度に思わず吹き出してしまう。
「……っ、ふっは……っ、りょーかいりょーかい。言っちゃいけねえんだな」
「クォンツ様っ!」
日を追う毎に、共に過ごす時間が増える毎に何処か遠慮して踏み込んで来なかったアイーシャが自分の感情を見せるようになって来ている。
その変化が嬉しくて、クォンツが頬を緩めているとじとっ、とした視線がアイーシャの隣から寄越される。
「──うちの娘と、随分仲が良さそうだな……」
「……っ、」
小さく地を這うような声音で「小僧」と呟いたウィルバートの声に、クォンツはびゃっと背筋を伸ばした。
102
お気に入りに追加
5,664
あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる