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 隣国に入るには、ルドラン子爵領にある別邸近くにある山道を使う。

 ウィルバートが十年間暮らしていた家は、隣国とアイーシャ達の国、サリオ国の境だ。
 そのため隣国に入り込む事にとても適している。

「──だからと言って……、今後は国境線をしっかりと見張らねばならんな……」

 ルドラン子爵領に向かう道すがら、馬車に乗っているマーベリックがぼそりと呟く。
 渋い顔をしているマーベリックに同意するようにリドルも頷いた。

「殿下の仰る通りですね……。山間部が入り組んでいるとは言え……隣国と我が国を行き来出来てしまうのは問題です」
「ああ。今後は行き来出来ないよう完全に道を潰してしまおう」

 隣国とサリオ国の間には渓谷があり、下を流れる川の流れも激流の為そうそう簡単に国同士に行き来する事は出来ないだろうが、実際問題ケネブが脱獄し、隣国に逃れてしまっている。

「……教団の協力者が橋でもかけたか……」
「それでしたらその橋も潰さねばなりませんね」
「ああ。……それに、身体強化魔法を自身にかければ崖を飛び移れるのであればその場所に監視塔のような物も作らねばならんな」
「……ここ以外にも国内にはそういった箇所がまだまだ出て来そうですね」
「──ああ、見落としがあるだろう。確認していかねば……」

 マーベリックは軽く自分の額に手をやるとため息を吐き出す。

 隣国と休戦協定を結んで十数年。
 それまでは他国と争い、国内外が荒れていた。
 だが、休戦協定を結んでからやっと国内が落ち着き始め、国内に発生する魔物への討伐に集中し始めて数年。
 
 国王陛下の体調が思わしくなく、国内のまつりごとが後手後手に回っている。

 王太子として、次代の国王としてマーベリックも奔走しているが国王が病に倒れる事が多くなり手が回っていない事も事実。

「──くそっ、ここに来て邪教の集団か……」
「殿下も休まる日が無いですね……」

 リドルの言葉に、マーベリックは苦笑して「本当にな」と言葉を返した。





「ここからは馬車では通れません、降りて頂き徒歩で向かいます」

 馬車で移動する事数日。
 アイーシャ達が乗る馬車がルドラン子爵領にある山中で停車し、マーベリックの護衛達が外から声を掛ける。

 アイーシャはウィルバート、クォンツと同じ馬車に乗り、マーベリックとリドルは別の馬車でそれぞれ二台で向かっていたのだが、山中の道が険しく細くなり馬車では進めなくなって来た。
 そのタイミングで外から声が掛かり、アイーシャは先に降りたクォンツに手を貸してもらいながら馬車から降り立つ。

「ウィルバート殿。貴方が住んでいた家の方向はこちらで合っているか?」

 馬車から降りたマーベリックがさくさくと地面を進み、アイーシャ達に近付きながら声を掛けて来る。

「ええ、殿下。この先──ああ、あそこです。あの川を流されて隣国の山中に流れ着いたので、方向的にはこのまま進めば間違いないかと」
「俺と父親が流されたのもここら辺でした。合ってると思いますよ」

 ウィルバートの背後からクォンツも顔を出して告げる。
 二人の回答を聞いたマーベリックは一つ頷くと、周囲をくるりと見回した。

「……橋が掛けられそうな場所を探させよう。運が良ければケネブ・ルドランが掛けられた橋を使用したかもしれん」
「壊されていないと良いですけどね」

 マーベリックの言葉を聞き、直ぐにリドルが兵士達に指示を飛ばす。
 リドルの指示を受けて忙しなく動き始める兵士達を横目に、マーベリックとリドル、ウィルバートは場所を移動し始めた為、アイーシャもそちらに行こうと体の向きを変えた所でクォンツに腕を掴まれた。

「……、クォンツ様?」
「アイーシャ嬢、あの川底にいる魚見えるか? あれ何て魚だ?」
「へ、? えっ、魚、ですか?」

 目を輝かせて聞いて来るクォンツにきょとり、と目を瞬かせてしまう。
 アイーシャが自分達から離れた場所に行ってしまうウィルバート達におろおろとしている内に、クォンツに促されて逆方向に歩いて行く。

 クォンツはちらり、とウィルバート達の方へと視線を向ける。
 すると、クォンツの視線に気が付いたマーベリックが小さく頷いたのが見えた。





「……クォンツがルドラン嬢を連れて離れた、な」

 マーベリックはアイーシャとクォンツが離れた事を確認してぽつり、と呟く。
 ウィルバートはちらりとアイーシャに視線を向けた後、マーベリックに顔を向けた。

「アイーシャの耳に入らぬようにした、と言う事は……殿下」
「ああ。ご令嬢の耳に入れるには少し、な……」
「……姪のエリシャの事でしょうか? それとも、先日死んだ義妹のエリザベートでしょうか?」
「どちらも、かな……」

 マーベリックはウィルバートにしっかりと向き直ると言葉を続けた。

「先ずは……、エリザベート・ルドランだが……あの日上半身をあの合成獣キメラに喰われた後、下半身を回収した。回収し、体に付着した組織を確認した所やはり正体不明の組織片が付着していた。合成獣キメラはウィルバート殿の闇魔法で消失してしまっているが、体が残っていればあれと組織は一致していただろう」
「やはり、あれはこの国に存在しているどの魔物とも一致していない、と言う事ですね?」

 ウィルバートの言葉に同意するようにマーベリックは頷く。

「ああ。エリザベート・ルドランの体に付着した組織片だけで、未知の生物を創造・使役し国に被害を齎した、と言う事で邪教を潰す口実は出来た」
「国に属さぬ教団とは言え、大義名分が無ければ周辺諸国に何を言われるか分かりませんしね」
「ああ。それで、エリシャ・ルドランだが」

 マーベリックは若干顔色を悪くして、言葉を紡いだ。
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