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地下牢の暗い通路を足音を響かせて進む男がぽつりと呟く。
「あーあぁ……。いじめがいのある方はどっか行っちゃったし、残ってるのは声が出せない女の方か……まだ殺しちゃ駄目だって殿下は言うけど、ほんとその塩梅って難しいんだよなぁ」
男の声が聞こえたのだろうか。
かつり、と靴音がぴたりと止まった場所はエリシャが入れられている牢の前で。
「エリシャ・ルドラン、お待たせ。さあ昨日の続きと行こうか」
にっこりと微笑んだ男はガシャリ、と鉄柵を掴んで牢の奥で恐怖に縮こまっているエリシャに向かって愉しげに声を掛けた。
光の入らぬ薄暗い地下牢では、男の服に飛び散った誰かの返り血はエリシャの目には入らず、鍵を開けてゆっくりと牢の中に入ってくる男にエリシャは声にならない叫び声を上げたのだった。
◇◆◇
王城で話し合いをし終わったアイーシャは、ウィルバートから話された通りクォンツのユルドラーク侯爵邸に向かい、遅く邸に着いたアイーシャとクォンツはユルドラーク侯爵であるクォンツの母親に挨拶だけをして直ぐに眠りについた。
そして、翌日。
「アイーシャさん! おはようございます!」
「──っ、!? えっ、シャ、シャーロット嬢……!?」
朝食よりも早い時間。
アイーシャが客間で着替え終わった時、タイミング良く客間の扉が勢い良く開き、クォンツの妹であるシャーロットが部屋に駆け込んで来た。
驚くアイーシャをよそに、シャーロットはぱたぱたとアイーシャに駆け寄るとそこではっとしたように表情を引き締め、慌ててドレスの裾を持ち上げるとちょこん、と軽く頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。突然お邪魔してしまって……、えっと……、昨夜この邸に到着した、とお聞きして。嬉しくてつい起きてすぐ来ちゃいました」
怒ってませんか? と恐る恐るアイーシャに視線を向けて来るシャーロットにアイーシャは笑顔を浮かべる。
「ふふ、おはようございますシャーロット嬢。昨夜はご挨拶が出来ず申し訳ございません。お会い出来て嬉しいです」
アイーシャもシャーロットに挨拶を返すため、デイドレスの裾を持ち上げて軽く頭を下げる。
二人は顔を見合わせた後に笑い合うと、シャーロットがととっ、とアイーシャの傍に駆け寄って来た。
「改めまして、ユルドラーク侯爵家にようこそアイーシャさん。また一緒に過ごせて嬉しいです」
「ありがとうございます、シャーロット嬢。私も同じ気持ちですわ。また暫く宜しくお願い致しますね」
「もちろんです!」
大人びて見えても、シャーロットもまだ十一歳。
アイーシャの言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべる姿は年相応に見えて、アイーシャは笑みを深くした。
自分の父親が消息不明と聞いた時はとても不安だっただろう。
自分の兄が父親を探しに向かった後もどれだけ不安だった事だろう。
父親も、兄も無事戻ってきてようやっと安心したのかシャーロットの顔から硬さは消えていて、年相応の可愛らしい笑顔が覗いている。
「アイーシャさん。一緒に食堂に向かいませんか? お母様も、お父様ももう食堂に到着しておりますの!」
「まあ、そうだったのですね……! 遅くなってしまい申し訳ございませんっ、直ぐに向かう準備を致します!」
アイーシャが慌てて支度を始めると、シャーロットは室内のソファに座り、「大丈夫ですわ」と明るく声をかける。
「食堂に来るのが一番遅いのはいつもお兄様ですので、急がなくても大丈夫です!」
にっこりと楽しそうに笑い、そう告げるシャーロットの声にアイーシャも自然と笑顔を浮かべる。
他家の者である自分を優しく迎え入れてくれるユルドラーク侯爵家の人達に、アイーシャはその懐の深さに心から感謝した。
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