【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

文字の大きさ
上 下
133 / 169

133

しおりを挟む


 マーベリックの指示の元、ルドラン子爵が治める領地の各種資料を持って護衛や政務官数人が再び室内へと戻って来る。

「──確認するぞ」

 戻って来るなりマーベリックは資料を大きなテーブルに広げるように指示を出し、その周りにマーベリックを筆頭にウィルバートや政務官がぱらぱらと集まる。

 この先の話には加われそうにない。
 そう判断したアイーシャは、テーブルの近くには行かずにその輪から少しだけ離れる。
 アイーシャと同じく、クォンツもそう判断したのだろう。
 アイーシャと全く同じ行動をして、マーベリックやウィルバート、リドル達の輪から離れたクォンツがアイーシャの視線に気付き恥ずかしそうにはにかんだ。

「俺はこういった小難しい話は苦手だからな。その点、今や殿下の補佐をしているリドルは頭を使う事の方が得意だ。リドルがいれば充分だろ」
「──ふふ、クォンツ様は……何というか体を動かされている方が生き生きとしてますものね」
「ああ、分かるか? 俺は魔物討伐の方が向いてるからな」

 二人は声を落としてこそこそと言葉を交わす。
 アイーシャとクォンツが離れ、壁際に背を預けてもテーブルの周囲に集まった者達の会話は止まらない事から、二人は話し合いに加わらなくとも大丈夫だ、と判断されたのだろう。

 先程からマーベリックやウィルバートの口から些か物騒な言葉達が飛び出て来ている。
 物騒な言葉は声のトーンを落としてくれて、配慮をしてくれているのだろうが同じ室内にいる以上、アイーシャの耳にも微かにその言葉は届いてしまう。

 クォンツとたわいの無い会話を交わしてはいるが、時折クォンツから気遣わしげな視線を向けられている。
 アイーシャは眉を下げて「大丈夫だ」と言うように小さく笑みを浮かべる。
 そして話を変えるように敢えて声を弾ませてクォンツに話しかけた。

「──そう言えば……、領地にあった別邸での確認が終わった後、お母様の墓標に向かいたかったのですがバタバタしていてそのまま戻って来てしまいました」

 お母様に怒られてしまいそうです、と微笑むアイーシャにクォンツは眉を下げて言葉を返す。

「ああ……。一気に色々な事が起きたからな……。この件が落ち着いたら改めて時間を取って、お父上と一緒に行ってはどうだ? そうだな……、俺も挨拶したいし」
「え、? クォンツ様も……?」

 まさかクォンツの口から母親に挨拶に行きたい、と言う言葉が出るとは思わずついついアイーシャがきょとん、と瞳を瞬かせて聞き返す。
 するとクォンツは駄目か? と言うように首を傾げた。

「こんな事になっちまって……残念だが……しっかりと挨拶はしとかねえと。ウィルバート卿を見てれば分かる。アイーシャ嬢はご両親に愛されてめちゃめちゃ大切にされてたんだ、って」
「──っ」
「そんな大切な娘さんの近くにいるんだから……──友人としてしっかり挨拶をしとかねえと、怒られそうだ」

 肩を竦めてそう告げるクォンツに、アイーシャは何故かつきり、と小さく胸が傷んだ。

 友人だ、と言われて嬉しい筈なのに。
 自分の事を一人の人間として扱ってくれる事がとても嬉しいのに、烏滸がましくも何故胸を痛めているのか。

 その痛みに気付かぬ振りをして、アイーシャは曖昧に笑って誤魔化した。



「──よし、この流れで行こうか」

 アイーシャとクォンツが部屋の壁際で会話をしている内に、マーベリックとウィルバート達の話し合いは大分纏まったのだろう。

 マーベリックの明るい声に、アイーシャははっとしてテーブルの方へ視線を戻した。
 すると、話が纏まったからだろうか。
 先程までテーブルの方にいたウィルバートがその輪から離れてアイーシャへと歩み寄って来る。

「アイーシャ、待たせてすまないね。話は終わったから……」
「お父様」

 アイーシャの近くまでやって来たウィルバートは一旦クォンツの方にちらり、と視線を向けた後すぐにアイーシャに視線を戻して言葉を続ける。

「すまない、アイーシャ。話は終わったんだが……その、私の見た目がこれ、だろう? このままルドラン子爵邸に戻る訳にもいかない。……殿下から暫くは城に滞在する許可を貰ったから、私は城に残るよ。アイーシャは子爵邸ではなく、クォンツ卿のユルドラーク侯爵邸でまた少しの間だけ過ごしていて欲しい。……殿下が侯爵に伝えて下さっていて、侯爵からも許可は得ている」
「え、そう、なのですね……? そっか……、確かに……大勢の使用人の前にお父様が姿を見せるのはまだ難しい、ですよね……」
「ああ。昔から私の事を良く知っている人には私の存命を知られても大丈夫だが……その他の使用人にはまだ、な……。それに邸も半壊してしまっているし、私もアイーシャが侯爵邸に居てくれるのであれば安心だ」
「──分かりました。侯爵様も了承済でしたら」

 アイーシャとウィルバートはお互い頷き合うと、話が一段落ついたウィルバートはつい、とクォンツに視線を向ける。

「クォンツ卿、アイーシャを頼んでもいいか?」
「ええ、もちろん」

 ウィルバートの言葉にクォンツはしっかり頷く。
 クォンツの返答に、ウィルバートは満足そうに頷いた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 402

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

処理中です...