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しおりを挟むマーベリックの指示の元、ルドラン子爵が治める領地の各種資料を持って護衛や政務官数人が再び室内へと戻って来る。
「──確認するぞ」
戻って来るなりマーベリックは資料を大きなテーブルに広げるように指示を出し、その周りにマーベリックを筆頭にウィルバートや政務官がぱらぱらと集まる。
この先の話には加われそうにない。
そう判断したアイーシャは、テーブルの近くには行かずにその輪から少しだけ離れる。
アイーシャと同じく、クォンツもそう判断したのだろう。
アイーシャと全く同じ行動をして、マーベリックやウィルバート、リドル達の輪から離れたクォンツがアイーシャの視線に気付き恥ずかしそうにはにかんだ。
「俺はこういった小難しい話は苦手だからな。その点、今や殿下の補佐をしているリドルは頭を使う事の方が得意だ。リドルがいれば充分だろ」
「──ふふ、クォンツ様は……何というか体を動かされている方が生き生きとしてますものね」
「ああ、分かるか? 俺は魔物討伐の方が向いてるからな」
二人は声を落としてこそこそと言葉を交わす。
アイーシャとクォンツが離れ、壁際に背を預けてもテーブルの周囲に集まった者達の会話は止まらない事から、二人は話し合いに加わらなくとも大丈夫だ、と判断されたのだろう。
先程からマーベリックやウィルバートの口から些か物騒な言葉達が飛び出て来ている。
物騒な言葉は声のトーンを落としてくれて、配慮をしてくれているのだろうが同じ室内にいる以上、アイーシャの耳にも微かにその言葉は届いてしまう。
クォンツとたわいの無い会話を交わしてはいるが、時折クォンツから気遣わしげな視線を向けられている。
アイーシャは眉を下げて「大丈夫だ」と言うように小さく笑みを浮かべる。
そして話を変えるように敢えて声を弾ませてクォンツに話しかけた。
「──そう言えば……、領地にあった別邸での確認が終わった後、お母様の墓標に向かいたかったのですがバタバタしていてそのまま戻って来てしまいました」
お母様に怒られてしまいそうです、と微笑むアイーシャにクォンツは眉を下げて言葉を返す。
「ああ……。一気に色々な事が起きたからな……。この件が落ち着いたら改めて時間を取って、お父上と一緒に行ってはどうだ? そうだな……、俺も挨拶したいし」
「え、? クォンツ様も……?」
まさかクォンツの口から母親に挨拶に行きたい、と言う言葉が出るとは思わずついついアイーシャがきょとん、と瞳を瞬かせて聞き返す。
するとクォンツは駄目か? と言うように首を傾げた。
「こんな事になっちまって……残念だが……しっかりと挨拶はしとかねえと。ウィルバート卿を見てれば分かる。アイーシャ嬢はご両親に愛されてめちゃめちゃ大切にされてたんだ、って」
「──っ」
「そんな大切な娘さんの近くにいるんだから……──友人としてしっかり挨拶をしとかねえと、怒られそうだ」
肩を竦めてそう告げるクォンツに、アイーシャは何故かつきり、と小さく胸が傷んだ。
友人だ、と言われて嬉しい筈なのに。
自分の事を一人の人間として扱ってくれる事がとても嬉しいのに、烏滸がましくも何故胸を痛めているのか。
その痛みに気付かぬ振りをして、アイーシャは曖昧に笑って誤魔化した。
「──よし、この流れで行こうか」
アイーシャとクォンツが部屋の壁際で会話をしている内に、マーベリックとウィルバート達の話し合いは大分纏まったのだろう。
マーベリックの明るい声に、アイーシャははっとしてテーブルの方へ視線を戻した。
すると、話が纏まったからだろうか。
先程までテーブルの方にいたウィルバートがその輪から離れてアイーシャへと歩み寄って来る。
「アイーシャ、待たせてすまないね。話は終わったから……」
「お父様」
アイーシャの近くまでやって来たウィルバートは一旦クォンツの方にちらり、と視線を向けた後すぐにアイーシャに視線を戻して言葉を続ける。
「すまない、アイーシャ。話は終わったんだが……その、私の見た目がこれ、だろう? このままルドラン子爵邸に戻る訳にもいかない。……殿下から暫くは城に滞在する許可を貰ったから、私は城に残るよ。アイーシャは子爵邸ではなく、クォンツ卿のユルドラーク侯爵邸でまた少しの間だけ過ごしていて欲しい。……殿下が侯爵に伝えて下さっていて、侯爵からも許可は得ている」
「え、そう、なのですね……? そっか……、確かに……大勢の使用人の前にお父様が姿を見せるのはまだ難しい、ですよね……」
「ああ。昔から私の事を良く知っている人には私の存命を知られても大丈夫だが……その他の使用人にはまだ、な……。それに邸も半壊してしまっているし、私もアイーシャが侯爵邸に居てくれるのであれば安心だ」
「──分かりました。侯爵様も了承済でしたら」
アイーシャとウィルバートはお互い頷き合うと、話が一段落ついたウィルバートはつい、とクォンツに視線を向ける。
「クォンツ卿、アイーシャを頼んでもいいか?」
「ええ、もちろん」
ウィルバートの言葉にクォンツはしっかり頷く。
クォンツの返答に、ウィルバートは満足そうに頷いた。
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