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 ──王城に到着したアイーシャ達は、案内してくれる使用人に着いて廊下を進む。

 午前中の日が高い時間帯に呼ばれた事から、話は長くなるのだろうかとアイーシャが考えているとマーベリックが待つ部屋に到着したのだろう。
 使用人が「こちらです」と微笑みながら一礼して去っていく。

 三人はお互い顔を見合わせた後、クォンツが一歩前に出て部屋の扉をノックする。

「殿下、クォンツ・ユルドラーク、ウィルバート・ルドラン卿、アイーシャ・ルドラン嬢到着致しました」
「ああ、入ってくれ」

 王城だからだろうか。
 クォンツは、昨日のようにマーベリックの名を呼ぶ事は無く声を掛ける。
 廊下は人通りも多い為、そのように配慮したのだろう。

 クォンツの声の後にすぐ室内からマーベリックの返答があり、「失礼します」と声を掛けると扉を開き、クォンツが先に室内に進んだ。



 クォンツの後にアイーシャ、ウィルバートと続いて入り、室内に目をやると既にリドルの姿があり、クォンツはリドルに向かって片手を上げている。

 マーベリックは何かしらの執務をしていたのだろう。
 机から腰を上げると入室した三人に向かってソファに座るよう促し、自らも向かいのソファに腰掛ける。

「朝早くからすまないな。昨日の件と、これからの件について話したい」

 三人が座った事を確認するなりマーベリックが話し出す。

「これから、か……。確かに話し合いは必要ですね」
「ああ。最終的な落とし所は決めておかねばならないだろう?」

 クォンツの言葉にマーベリックは気遣うようにちらり、とウィルバートに視線を向けた後そう答える。

 ──落とし所。

 アイーシャはマーベリックの言葉にざわりと胸の奥がざわめく。

 視線を向けられたウィルバートは心得ている、とばかりに一つ頷いてから口を開いた。

「殿下の仰る通りかと。そこを決めておかねば、実際何かあった際に判断に困る事も出てきましょう」
「ウィルバート殿は、いいのか? 弟だろう」
「──肉親だと、血の繋がった兄弟だと思っていたのは私だけのようでしたから。問題ありません」

 きっぱりと言い放つウィルバートに、マーベリックは眉を下げてアイーシャに視線を向ける。
 マーベリックの視線を受けて、アイーシャは何とも言えない表情を浮かべると小さく頷いた。

「──……」

 悲しくないと言えば嘘になる。
 育ててもらったと言う感謝の気持ちがある事は本当だ。

 だが、とアイーシャは考える。
 育ててもらった感謝の気持ちはあれど、両親に対して行った仕打ちは到底許せるものでは無い。

 ウィルバートと、イライアが感じた恐怖はどれくらいだったのだろうか。
 辛さや、苦しさ、悲しみはどれくらいだったのだろうか。

 そして、死して尚苦しめられたイライアを想うと。
 愛する人をその手で葬ったウィルバートの胸中を考えると、アイーシャはとてもじゃないが義父のしてきた事を許せない。

 ウィルバートとアイーシャの答えを確認したマーベリックは一度目を閉じると再び目を開く。
 その瞳には先程まで浮かんでいた気遣う感情は消え、この国の王族として、次代の国を背負う者として強い意思を宿していた。

「──分かった。礼を言おう。……エリシャ・ルドランに対しては昨夜から尋問を開始しているがケネブ・ルドランの居場所を未だ吐いていない。庇っているのか、それとも本当に知らないのかは不明だが……そろそろ音を上げるだろう」
「ケネブの居場所がまだ分かっていないのですね」
「ああ。恐らく国内にはいないだろう。他国の商人や商団とやり取りがあったようだ、今はそちらを探らせている」
「他国の……」

 マーベリックの言葉にウィルバートは考え込むように自分の口元に手を持って行く。

「──殿下、ルドラン子爵が取引を行った記録などを確認させて頂く事は可能ですか?」
「それは、可能だが……手掛かりを得られそうか?」

 ウィルバートの発言にマーベリックはぱっと期待のこもった視線を向ける。

「ええ。もしかしたら分かるかもしれません。……私が当主だった頃の販路、商人や商団は覚えています。見知らぬ名前があれば……」
「──! ケネブ・ルドランを匿っている可能性があると言う事だな! すぐに持ってこさせよう」

 マーベリックはそう告げると、近くにいた護衛に言葉少なに指示を飛ばしている。

 ウィルバートが確認し、あたりを付けた後エリシャを揺さぶればボロを出すかもしれない。
 エリシャが動揺すれば、その場所にケネブが居る可能性は高い。

 これ以上被害を拡大させぬよう、マーベリックは次々指示を飛ばした。

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