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 ──ぞわり、と背筋に悪寒が走る。

 マーベリックとリドルは、自分の体内に流れる魔力が大きく揺さぶられるような不快感を感じた。
 そして、その不快感を感じたと同時に自分達が装備していた魔道具がパリン、と割れた事に気付く。

「──っ、殿下! アーキワンデ卿、こちらに!」

 エリシャから放たれた言葉にいち早く反応したのはウィルバートだ。
 ウィルバートは些か焦ったような表情を浮かべ、マーベリック達の背後で俯くようにして膝をついていたエリシャに向かい、自分の腕を伸ばした。

「ウィルバート殿、あれは今消滅魔術ロストソーサリィを発動したのか……!?」
「恐らく……っ、魔力の消費量から見てその可能性が高いでしょう」

 魔力を大量に消費すると、その人間は疲労困憊になり、自力で体を動かす事すら難しくなる。
 大量消費を越えて、魔力が枯渇すると命にも関わって来るのだが、目の前に居るエリシャの状態は魔力消費や枯渇しかけている状況と合致している。
 このまま捨ておけば、命を失う危険性すらある。

 通常の魅了魔法や信用魔法の発動とは違い、消滅魔術ロストソーサリィはウィルバートが使う闇魔法と同じくらい不明点が多く、その魔法については不明瞭だ。
 どれだけの魔力を消費するのかは分からないが闇魔法を放ったウィルバートよりもエリシャの状態が悪い。

「……未知な魔法を放つ事の危険性を、エリシャ・ルドランは知らなかった可能性がありますね」
「だが、無知は時に罪になる。このまま放っておけば命を落としてしまうだろう。それだけは避けねばならん」

 ウィルバートの言葉にマーベリックが答える。
 だが、今は疲労困憊といった状況であるからいいとして、エリシャが再び声を発してしまえば消滅魔術ロストソーサリィを放つ可能性がある。

 近付き、その魔法の餌食になる事を避けねば、とマーベリックが難しい表情で考え込み始める。
 すると、ウィルバートがなんて事無いようにあっさりと口を開いた。

「……声を出させねば良いのであれば、私の魔法でどうにか出来るかもしれません」
「──!? 本当か、ウィルバート殿!?」

 ウィルバートの言葉にマーベリックはぱっと顔を向ける。
 頷くウィルバートを見て、マーベリックはほっとしたように安堵の表情を浮かべ、「ならば」と口を開いた。

「ならば、お願いしたい。エリシャ・ルドランを声を出せぬようにしてくれ」
「──かしこまりました」

 マーベリックの言葉を「命」として受け取ったウィルバートは、自身の胸に手を当てて軽く頭を下げるとエリシャに向かって歩いて行く。

(闇魔法とは、便利なものだ……)

 恐らく、この場に居る一同がそう考えているだろう。
 それはウィルバート本人でさえも実感している。
 他の属性魔法では成し得る事が出来ない魔法を、闇魔法は術者の力量や発想力で補い

 声を出す事を封じる魔法が無いのであれば、それを創り出してしまえばいい。

 その過程の構築式も頭の中に不思議と浮かんで来る。
 何故分かるのか、と説明を求められても説明出来るような事では無い。
 何故なら分かるから分かるのだ。

 ウィルバートはエリシャの目の前まで歩いて行き、目前で足を止める。

 先程、エリシャが消滅魔術ロストソーサリィの魔法を放った際、すぐに闇魔法でその魔法を防ぐ魔法を創って発動してある。
 今、近くまでやってきてしまっているアイーシャが同じ室内に居る以上、アイーシャに害を与える事は許さない。
 アイーシャ個人を護るよりも部屋全体に消滅魔術ロストソーサリィを防ぐ魔法を発動した方が簡単だった為そうしたが、それが結果的にクォンツやマーベリック達を自然と護る事に繋がっている。

 誰かが近付いて来た気配に気付いたのだろう。
 ウィルバートの目の前で、エリシャがノロノロと視線を上げた。
 そして、自分の目の前にある靴先を見て、ウィルバートの姿をゆっくりと下から視線を上げて仰ぎ見る。

「──っ!! むぐぅ……っ」
「ああ、暴れるなエリシャ・ルドラン」

 ウィルバートの顔まで視線を向けて、そこでエリシャは恐怖に瞳を見開き何事か呻くともぞもぞと拘束された体で逃走を図ろうと動き出す。
 だが、魔力消費で疲労困憊に陥った体がおいそれと簡単に動いてくれる筈は無く。

 エリシャは自分に向かってすっ、と伸ばされたウィルバートの腕の影にびくりと体を震わせた。

「そうだな……。声を出せないようにしよう……すまないな、エリシャ・ルドラン」
「──っ!!」

 ぽつり、とウィルバートが呟いた次の瞬間。
 エリシャとウィルバートの耳に「きゅるっ、」と何か空気が圧縮されたような音が響いて来て。

 そして一拍後、エリシャの喉が燃えるように熱く熱を持ち出した。
 大きく咳き込んだエリシャだったが、咳き込む音は無く無音。
 エリシャはその不自然さに、手枷が嵌められている両手をのろのろと持ち上げて自分の喉元に触れさせた。

 切れてもいない。
 潰されてもいない。

 外傷は一切無く、ウィルバートの何らかの魔法によって喉の機能を失わされた。

 エリシャは恐ろしさにボロボロと涙を零しながら唖然とウィルバートを見上げた。





 ──ぷつり、と何かが落ちて消えた感覚がする。
 ──これはなんだろうか。
 ──良心だろうか。
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