上 下
125 / 169

125

しおりを挟む

 土煙の向こう。
 そこで戦っていたのはやはりクォンツやマーベリック、リドル達で。
 ウィルバートは状況を素早く把握すると、斬り落とされた腕を再生しようとしている合成獣キメラに向かって闇魔法を発動した。

(僕にも、未だに闇魔法は全て分かっていないが……)

 だが、とウィルバートはしっかりと合成獣キメラを見据える。

「──クォンツ卿! 離れろ……!」
「……っ、!? ウィルバート卿……!?」

 ウィルバートの声にクォンツは驚いたように目を見開いたが、驚き反応が鈍ったのは一瞬で。
 意図を汲み、クォンツは素早く合成獣キメラから距離を取った。

 リドルは元々マーベリックの近くでクォンツの援護をしていたのだろう。
 合成獣キメラに一番近い場所に居るのはクォンツのみだ。
 クォンツさえ離れてくれれば闇魔法の消滅に巻き込まれる事は無い。

 ウィルバートが放った闇魔法は真っ直ぐ合成獣キメラに向かい、再生しかけていた腕に当たる。
 すると、真っ黒い粒子が肩と思われる場所から下までじゅわり、と覆い尽くしてじわじわとその粒子が侵食しているのが見える。

 痛みを感じるのだろうか。
 合成獣キメラは突然やって来たウィルバートの闇魔法攻撃に反応出来る事は無く、ウィルバートの方へ体を向ける事も叶わずその場でのたうち回っている。

「殿下達もご無事だったか……!」

 暫く合成獣キメラは動けないだろう。
 そう判断したウィルバートは素早くマーベリック達に駆け寄り、マーベリックが捕らえている少女──エリシャの姿を見て僅かに目を見開いた。

「ああ、ウィルバート殿も無事であったか、良かった」

 マーベリックがほっと安堵したように息をつく。
 リドルもウィルバートの近くにやって来て、クォンツも近付いて来るが合成獣キメラの動向を注視するように少しばかり距離を取った場所で静止した。

「ええ。私も、アイーシャも無事です」
「ならば良かった」
「……やはりエリシャ・ルドランが現れたのですね」
「ああ。やはりエリザベートを連れて行こうとしていたようだ。エリシャ・ルドランと邪教の男を捕らえようとしたんだが……」
「邪教の男は変な薬のような物を飲んであーなっちまったんですよ」

 マーベリックの後にクォンツが言葉を続けた。
 普段はまだもう少し丁寧な言葉遣いをしていたクォンツの言葉に、余裕が無いのだろうと言う事が察せられる。

「でも、ウィルバート卿が合流してくれて助かりました。俺達の魔法じゃあすぐに回復しちまって、八方塞がりだったんですよ」
「──みたいだな。私も合流する前に確認した。あの体ごと消滅させねば」

 いけますか? と言うようなクォンツの視線にウィルバートは頷く。

「やれるかどうか、では無いな。やらないとならない。あれを街に出す訳にはいかないだろう?」
「まあ、仰る通りで……」

 ウィルバートとクォンツが短く会話をする。
 その間に、マーベリックとリドルは合成獣キメラとの戦闘は二人に任せた方が良いと判断したのだろう。
 二人の戦闘の邪魔にならないように、と呆然としているエリシャを引き摺りながら合成獣キメラと距離を取る。

「あれも、元は人間だからと言って少しでも攻撃を躊躇すると一瞬ですよ」
「ああ、夫人が喰われたのを見ていたよ。油断はしない。ああなっては人間に戻る事は難しいだろう」

 邪教の禁術であれば、もしかしたら元に戻る術があるのかもしれないが、窮地に追い込まれた男が合成獣キメラとなる事を選択したのだろう。
 あの姿から理性など感じる事が出来ない為、捨て身の対抗手段だったのかもしれない。
 いっその事、目撃者やクォンツ達を纏めて始末してしまうつもりだったのかもしれない。

 邪教は、邪教の教団は存在してはならないものだ。
 表立って活動など出来る筈が無く、その教団の名すら口にしてもならない。

 存在そのものを隠し、活動している為、男が合成獣キメラとなったのはこの場に居る全員を始末してしまおうと考えたのかもしれない。

「こっちに……ウィルバート卿が居なければぞっとしますよ」

 いつもの軽い口調で言葉を紡ぐクォンツに、ウィルバートは呆れ顔を浮かべる。

「……力があるのは分かっているが、あまり危ない事に首を突っ込み過ぎてうちの娘を巻き込まないで欲しい所だ」
「善処します」

 クォンツは楽しげに口元を吊り上げると、肩から先を失い、バランスが取れなくなって動きが鈍っている巨大な合成獣キメラに向かって駆け出す。

「……殿下達は、──ああ、充分離れていらっしゃるな」

 ウィルバートはちらり、とマーベリックとリドルの居る方向へ視線を向け、直ぐに自分の前を行くクォンツに視線を戻す。

 好戦的な性格は好ましいし、頼もしい。
 だが、あまり前に出すぎると思わぬ所で足を掬われそうだ、とウィルバートは胸中で溜息を吐きつつ、クォンツから少し遅れて合成獣キメラに向かって駆け出した。

 クォンツは、ウィルバートの闇魔法が発動出来るまでの時間稼ぎに徹するのだろう。
 補助的な動きで合成獣キメラを翻弄している。

 その様子を見詰めながらウィルバートは再び闇魔法を放つ為に魔力を練り上げ始めた。

 ──つきり、と頭の隅が痛む事には気付かない振りをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません

せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」  王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。   「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。  どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」 「私も君といる時間は幸せだった…。  本当に申し訳ない…。  君の幸せを心から祈っているよ。」  婚約者だった王太子殿下が大好きだった。  しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。  しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。  新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。  婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。  しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。  少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…  貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。  王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。  愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…  そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。  旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。  そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。  毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。  今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。  それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。    そして私は死んだはずだった…。  あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。  これはもしかしてやり直しのチャンス?  元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。  よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!  しかし、私は気付いていなかった。  自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。      一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。    誤字脱字、申し訳ありません。  相変わらず緩い設定です。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

処理中です...