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しおりを挟むクォンツの声に、半ば放心していたマーベリックとリドルははっとすると泣き喚いていたエリシャを担いで走り出す。
一旦邸内に入り、アイーシャとウィルバートと合流しなければならない。
アイーシャはウィルバートと一緒に居る筈だ。
ウィルバートが傍にいれば大丈夫だろうが、合成獣の力がどれ程の物なのかは分からない。
「──っ、クォンツ……! 何処に逃げる……っ!?」
「ひとまず……、アイーシャ嬢達と合流する!」
前を走るリドルの声に、クォンツは一瞬だけ前方に顔を向けて叫ぶ。
クォンツの言葉を受けてマーベリックとリドルはそちらの方向に進んでくれるだろう。
クォンツは前方を走る二人から視線を外して合成獣に視線を戻した。
のっそり、のっそりと巨大な体躯を揺らしながらクォンツ達を追い掛けるように移動しているように見える。
「邪教の男の意識が残ってんのか……!?」
外に出るでも無く、合成獣が後を付いて来るのを見て、クォンツは怪訝そうに眉を顰める。
頭部が見当たらない事から、人間で言う所の脳が無いように見えるが思考能力は残っているのか。
それとも、邪教の男の意識のような物が残っているのか。
「あの男の意識が残っているのであれば、エリシャ・ルドランを回収するつもりか……?」
エリシャの目的であるエリザベートはあの合成獣が喰ってしまった。
ここにやって来た大元の理由が無くなってしまったのだが、それでも合成獣はクォンツ達を追うように後を着いてくる。
「意識など無くて、手当り次第……目に入った物を標的にしてるのか……」
色々と考えるがどれが正解なのかは誰にも分からない。
クォンツはマーベリック達から遅れて邸内に入ると、追い掛けて来る合成獣に向かって足止め目的に魔法攻撃を行う。
クォンツから放たれた雷魔法の雷撃を、合成獣は避けようとする事なく真正面からまともに食らう。
攻撃を食らうと、僅かに動きが鈍り声のような物を上げている事から人間程では無いが痛覚はあるのかもしれない。
クォンツは前方を駆ける二人を追い、アイーシャとウィルバートに合流する為に只管に足を動かした。
◇◆◇
少しだけ時間は遡り。
──どん
と邸全体が揺れた感覚がして、アイーシャは傍に居たウィルバートに慌てて駆け寄った。
「お、お父様……っ!」
「……何かあったみたいだな。アイーシャ、私から離れないように。周囲を警戒するんだ」
「わ、分かりました……!」
アイーシャとウィルバートは、マーベリックとリドルがこの邸にやって来るとエリザベートの監視の為に同じ階にある部屋で待機していた。
マーベリック、リドル、クォンツが邸内外の侵入者を確認する役割を負ってくれたので有難くウィルバートと共に、アイーシャは邸内に気配察知の補助魔法を展開していた。
魔力量が多くないアイーシャは、気配察知の補助魔法を発動するだけで精一杯だがアイーシャの補助魔法の精度、精密さは高い。
その為、アイーシャの補助魔法で感知した侵入者を三人は捕らえに行ってくれたのだが。
「クォンツ様達が向かってから、時間が経ちすぎてます。何かあったのでは……?」
心配そうに自分を見上げて来るアイーシャに、ウィルバートは考え込む。
揺れからして何かあった事は確かだろう。
だが、この場を離れエリザベートの監視を辞めてしまうのは不味い。
「……殿下から指示が来るかもしれない、少しだけこの場で待とう、アイーシャ」
「──分かりました。気配察知の精度を上げますか?」
「そうだな、そうしよう──」
アイーシャとウィルバートが話していると、先程よりも大きく邸が揺れた。
「──っ、!?」
「アイーシャ!」
大きな音と、足元が崩れるような感覚。
大きな音はアイーシャとウィルバートが滞在する部屋から然程離れていない場所から発生したらしく、足元が崩れて行く最中、ウィルバートはアイーシャを抱き留めると闇魔法を発動し、落下の衝撃を和らげる。
がらがらと足場が崩れ、階下に落下してしまった二人はエリザベートの自室に視線を向ける。
「……しまったな、今の衝撃で逃げ出さなければいいが……」
「もし、拘束が解けてしまったら大変ですよね」
「ああ。その場合は仕方ない。私が対応しよう」
こうなってしまっては仕方ない。
クォンツ達と合流して、マーベリックに指示を仰ごうとウィルバートが体の向きを変えようとした所で、アイーシャが小さく声を上げた。
「──あっ、お父様……! エリザベート夫人が……っ!」
「なに?」
焦ったようなアイーシャの声に、ウィルバートは急いでアイーシャの視線を辿る。
すると、危惧していた通り先程の衝撃で拘束が解けてしまったのだろう。
そして、室内外にいた兵達ももしかしたら崩壊に巻き込まれてしまったのかもしれない。
足を怪我でもしたのだろうか。
若干足を引き摺りながらエリザベートが自室から姿を表し、周囲を見回している。
「──くそっ。私が彼女を拘束し直すからアイーシャは」
ウィルバートは逃走する恐れのあるエリザベートを捕まえに行こうとしてアイーシャに声を掛けた。
だが、ウィルバートの声にアイーシャは返事を返さず、その違和感にウィルバートがアイーシャを見た。
「──アイーシャ、?」
すると。
アイーシャは顔色を真っ青に変えて小刻みに震えている。
尋常ではないその様子に、ウィルバートはアイーシャの見詰める先に視線をやったが、崩壊の衝撃で土煙が上がっているからか視界が悪い。
「アイーシャ、どうした? 何か補助魔法に引っかかったかい?」
アイーシャが継続展開していた気配察知の補助魔法。
その魔法に何か生き物が引っ掛かると、その魔法を展開しているアイーシャが一番に反応する。
アイーシャが使う補助魔法は、精度が高くアイーシャが張り巡らせた魔力の網のような魔法に引っ掛かるとその物体の保有する魔力量から、その存在がどれ程の力を持った物かが分かる。
だからこそ、アイーシャは自分が発動した補助魔法に触れた存在の有り得ない魔力量に恐怖を抱いていた。
「──……っ、お父様……っ、あれはっ、また……っ」
恐れ、戦きアイーシャがぽつりと呟くのをじっと見詰めているウィルバートの視界の先で、上がっていた土煙が収まって来て。
アイーシャが恐れていた存在が姿を表したのだった。
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