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しおりを挟むこの部屋の入口付近にはリドルとマーベリック、そして護衛達がパラパラと距離を保ち眠っており、窓側にはクラウディオとクォンツがこちらも同じく距離を保ち、眠っている。
「──……っ、」
アイーシャはぶるり、と体が震える。
(どうしよう……お手洗い……)
生理現象が発生してしまい、アイーシャは自分の隣に眠るウィルバートをちらりと見やる。
ウィルバートには、直ぐに起こして良いと言われていたが気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは何だか可哀想な気がして。
この邸内に入ってから、マーベリックが自分達が使用する最低限の範囲は設備を整えさせている。
人間の生理現象で、利用する手洗いも魔道具と魔石を使用して設備を整えてもらっている。
その為、手洗いを利用するのは普通に出来るのだが、ウィルバートを起こすのは申し訳無いしこんな深夜に他の人を起こすなんて以ての外だ。何より恥ずかしくてアイーシャは頼めない。
(──お手洗いは、離れているけれど……部屋の外には見張りの方もいるし……直ぐ行って帰るだけなら……)
そう考えたアイーシャは静かにその場に起き上がる。
そっと掛け布を体の上から退かし、薄暗い室内の様子を窺う。
皆、寝息を立てて眠っているようでウィルバートも起きる気配が無い。
アイーシャはそっとそっと音を立てずに立ち上がると、足音を立てずに部屋の扉へと向かう。
部屋の扉を開けて、そうっと音を立てずに外に出た。
扉に背を付けてふぅ、とアイーシャが息を付いて一歩踏み出した所で。
アイーシャが出て来た部屋の扉が開く音がした。
「──アイーシャ嬢。一人で歩くのは危ないぞ」
「ク、クォンツ様……っ」
扉から出て来たのは苦笑を浮かべたクォンツで。
アイーシャは「しまった」と言うような表情を浮かべた。
二人並んで廊下を歩きながら、クォンツが呆れたようにアイーシャに言葉を掛ける。
「アイーシャ嬢、気遣う気持ちはウィルバート卿も分かってはいると思うが……。黙って出て行くのはいただけないな。それに、人の気配に敏い俺達には足音を殺したとしてもバレるぞ? しかもあの部屋には殿下の護衛達もいるし……」
「えっ、え……っ、私が立ち上がった事も最初から全部──?」
「ああ……まあ……。あの部屋に居た全員は気付いていたぞ……?」
「そっ、そんな……っ恥ずかしい……っ」
クォンツが眉を下げて笑う姿を見て、アイーシャは自分の頬を赤く染めると両頬を自分の手のひらで覆ってしまう。
「でも、そうですよね……。皆さん魔物が居る場所で深い眠りに入ったりしませんよね……。お父様もしっかり起きていらっしゃったなんて……」
「ウィルバート卿は、アイーシャ嬢の自分を気遣う気持ちが分かるからこそ声を掛けなかったみたいだな。戻ったら聞かなかった振りをして、そのまま眠っちまえ」
クォンツはアイーシャに笑いかけると、そこでぴたりと足を止めた。
突然足を止めたクォンツに、アイーシャは不思議そうな表情を一瞬浮かべたがそれも直ぐに引っ込む。
少し前方には、アイーシャが目指していたお手洗いがあり、クォンツはその大分手前で足を止めて窓際へ背中を預けている。
アイーシャはクォンツの配慮に有り難さを感じると、「で、では」と小さく言葉を発して小走りにお手洗いへと向かった。
クォンツと別れ、アイーシャはそそくさとお手洗いに入るとお手洗いの中がほわり、と僅かに明るく整えられている事に感心する。
灯りは自分で整えなければ、と思っていたがその必要も無さそうだ。
水も出るようにしっかりと整備されていて、アイーシャは洗面台に置いてある魔道具に手を翳すと問題無く水が流れ出て来る。
アイーシャはクォンツを待たせる訳にはいかない、と早くお手洗いの用事を済ませて、外へと出た。
手持ちのハンカチを使い手を拭いて外に出ると、窓の外の景色を眺めているクォンツの姿が視界に入る。
アイーシャがやって来た事に気付いたクォンツは、ちょいちょいとアイーシャを手招くと窓の外に再び視線を戻した。
アイーシャがクォンツの隣にやって来ると、クォンツが見詰める外の景色にアイーシャも視線を向ける。
夜ではあるが、月明かりのお陰か外は明るく照らされていて、この保養所から見える景色は当時であればとても素晴らしい物だったのだろう、と言う事が分かる。
「──一体、ケネブ・ルドランは何を考えてやがんのか……。けど……マーベリック殿下がもう王都に戻る。きっと、殿下や陛下がケネブ・ルドランを強く罰して下さるだろう」
ゆっくりと、だがぎこちない手つきでアイーシャの頭を撫でるクォンツに、アイーシャは自分を元気付けようとしてくれているのだ、と言う事が分かった。
不器用ながら、優しいクォンツの頭を撫でる手つきに、アイーシャは何処か擽ったいような、けれど暖かい気遣いの心を感じて笑顔を浮かべた。
◇◆◇
──そうして、王都に帰還したアイーシャ達の耳に飛び込んで来た言葉に、マーベリックは激昂するのだが、それは少し後の事である。
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