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「──私がなったのは十年前の馬車事故が原因──いえ、切っ掛けとでも言うのでしょうか」

 ウィルバートはぽつり、ぽつりと語り出す。

 馬車が転落し、イライアは瀕死の状態。頭を強く打ったウィルバートは夥しい程の頭部からの出血で意識朦朧としている時にイライアから自分の名前と思わしき言葉を掛けられた。
 その時には既に記憶を失っていたウィルバートは自分の名前であろう言葉を呟いたイライアがきっと妻だ、と言う事を認識したが怪我の状態が酷く、身動きひとつ取れぬ状態だった。

「体が動かず、最早痛みも何も感じない状態で……私は自分も死ぬのだと何処か漠然とした予感を抱えておりました。──その時に、私の顔を覗き込むようにして影が落ちたのです」
「──えっ、」

 ウィルバートの言葉にアイーシャはついつい声を上げてしまう。
 闇魔法をどうやって取得したのか。それはアイーシャも初耳であったのだ。
 ウィルバートはアイーシャの声に微笑むと、アイーシャの頭を一撫でしてから続きを口にした。

「私を覗き込んだ人は……今となってはその存在は人では無かったのだと思いますが。私に助かりたいか、と聞きました」
「……その存在に、助けられた、と……?」

 マーベリックの言葉にウィルバートは頷く。

「ええ。無意識に私はその者に頷いていました。そうして、私が頷いて直ぐ。……その存在は恐らく私に闇魔法を使用しました。落下の衝撃で頭が割れていたんだと思います。それに、内蔵も殆ど駄目になっていたんでしょうね。視界に映る私の体がおかしな方向を向いていたので、骨もあちらこちら折れていたのだと思います。けど、その存在が私に闇魔法を使用した途端、私の体が元通りになったのです」
「──闇魔法は、治癒も使えるのか!?」
「いえ……残念ながら治癒は使えないと思います……。恐らく、私の体の時間を戻したのだと思います……そうして、その存在は私の目の前で突然崩れ落ちました」

 ウィルバートの言葉に、一同は息を飲む。
 崩れ落ちた、とは一体どう言う事だろうか、と言う疑問にはやはりウィルバートが答えた。

「ボロボロと体が崩れ、その存在は私の目の前で黒い粒子となって風に攫われて行きました……。そして私に闇魔法が宿った、と言う感覚……それがのです」

 ウィルバートの言葉に、マーベリックは混乱し散らかってしまっている思考を落ち着かせるように額に手を当てて「ちょっと待て……」と呟いている。

「──それ、は確かか……? それではもう、その闇魔法を使用した者は存在しない、と……?」
「ええ。闇魔法は使用者が受け継いで行くようです。闇魔法の使用者は次の使用者に受け継がせた後、命を落とす」

 そう言う仕組みなのかもしれません、とあっさりと口にするウィルバートに周囲の者は言葉を無くす。
 その様子を見て、ウィルバートは苦笑しながら言葉を続けた。

「──十年の月日が経っても、老いる事も成長する事も無いこの体で、分かりました。闇魔法の使用者は生きる事に飽きていたのでしょう」

 その後は、ウィルバートが以前語った通り隣国の山中で親切な人物に助けられ、山中にあるこじんまりとした家で暮らしていたらしい。
 妻の墓標があるあの場所を移動する事が出来ず、自分を助けてくれた人が年を取り、息を引き取った後もあの場所で暮らしていて、そして。
 かつての自分のように怪我を負い、川を流されて来たクラウディオと、クォンツを助けたようだった。

「──これで。私と言う存在が居ると言う事が……不可思議な現象や、人道に反した魔法が存在する証明にもなってしまうでしょう?」

 闇魔法は、己の意思でどんな事でも出来てしまうのだ、とウィルバートは乾いた笑いを零す。

「──我々は、魔法と言う物を本当に理解していないな……。魔法には、恐らくもっと様々な謎があるのだろうが……。我々人間は魔法の表面上しか見えていなかった、理解していなかった、と言う事か……」

 マーベリックがぽつりと呟き、ウィルバートに視線を移す。

「ウィルバート殿。話をしてくれて感謝する。闇魔法の事は……、本来であれば秘匿すべき事柄だろう。……だが、それでも我々に語って聞かせてくれたお陰で……今回のような邪教の存在も、合成獣キメラを作り出す術があると言う事も理解した」
「──いえ。妻、イライアのような人をもう二度と出してはいけませんから」

 マーベリックとウィルバートの会話を黙って聞いていたクォンツは、自分の口元に手を当て考え込んで居た。

(──そもそも……、あの馬車事故自体、ケネブ・ルドランが引き起こした可能性がある……あの時の馬車の御者は、ケネブの手回しでルドラン子爵家に雇われていた痕跡があった……。そうすると、おかしくねぇか……? そもそも、何で子爵領の保養所跡に魔物が捕らえられていた……)

 すなわち、それはケネブ・ルドランが邪教と繋がっている証拠とならないだろうか。
 クォンツはそう考えると、ウィルバートとマーベリックに向かって焦って声を発した。
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