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「──あいー、しゃ……、?」

 クォンツを追いながら走っていたウィルは、クォンツの次に飛び移ろうとしているクォンツの父親の背を見詰めた後、ぽつりとアイーシャの名前を呟く。

「アイーシャ……、……?」

 何処か懐かしさを感じるその名前に、ウィルはクォンツとクォンツの父親が飛び移った場所へと視線を向ける。
 ゆらゆらと揺れる瞳で、クォンツが駆け寄る一人の女性の姿を見た瞬間、ウィルバートの瞳から何故か一筋涙が零れ落ちた。






 クォンツがアイーシャ達の居る開けた場所に飛び移ると、アイーシャの元へと一目散に駆け付ける。

「──えっ、クォンツ、様……っ?」

 この場に突然姿を表したクォンツに、アイーシャは信じられないと言うように瞳を見開くと小さく声を上げる。
 アイーシャの身を守るように側に居た部隊の隊員もクォンツが現れた事に呆気に取られている様子だったが、クォンツはそんな事など気にせずアイーシャに駆け寄るとそのままの勢いでアイーシャを抱き締めた。

「えっ、あっ、きゃあ!」
「良かった、まさかアイーシャ嬢がここに居るなんて……! 何故こんな場所に……っ、リドル、リドルはどうしてんだ……!?」
「ちょ、ちょっとクォンツ様っ、苦しっ」

 魔物が発生する場所にアイーシャが何故居るのだ、とクォンツが嘆きリドルへと怒りの矛先を変える。
 リドルにとってはとんだとばっちりではあるが、クォンツが消息不明の父親を探しに出る時に、アイーシャの事をリドルに頼んでいたのだ。
 危険な目に合わないよう、友人であるリドルに頼んでいたと言うのに何故こんな危険な目に合っているんだ、とクォンツがアイーシャをぎゅうぎゅう抱き締めていると、アイーシャとクォンツが居る場所から離れた場所。
 この場所の入口付近から戦闘音に紛れてリドルの声が聞こえて来る。

「──クォンツ……!? 何でここに……っ、いやっ、それよりも助かった……っ、手を貸してくれ……!」

 リドルの言葉を聞き、クォンツは嫌そうな表情を浮かべるが確かに魔物を先にどうにかしないとこの場に居る者達に被害が及ぶ。

「アイーシャ嬢、少しここで待っていてくれ。直ぐに魔物を処理してくる……。リドルも居て、王太子殿下もいんのか。それならばどうにかなりそうだ……」
「は、はいクォンツ様。でも気を付けて下さいね、先程からアーキワンデ卿も、殿下も苦戦しているようですので……」

 アイーシャを解放したクォンツが咄嗟に地面に放り出してしまっていた長剣を拾っていると、ゆったりとアイーシャとクォンツの背後から近付いて来た男性──クォンツの父親が唇を開いた。

「王太子殿下がいらっしゃるならば俺が向かえば事足りるだろう。……そこに居るアイーシャ嬢に、説明してやれクォンツ」
「──っ、! そう、ですね父上」
「……! クォンツ様のお父様ですか……!? ご無事で、良かった……!」

 父親と、クォンツの会話にアイーシャは安堵したような表情を浮かべるとクォンツの父親に視線を向ける。
 クォンツと同じ、濃紺の夜明け色の髪色をした容姿の整った父親とアイーシャの視線がぱちり、と合うとアイーシャは慌てる。

「アイーシャ嬢。後で挨拶させてもらおう。今はあちらに行く」
「は、はい。どうぞお気を付けて……!」

 アイーシャの言葉を聞くなり、クォンツの父親は魔物の元へと駆け出す。
 少し話をしている間に、魔物との戦闘音は激しさを増しており、早めに処理をしてしまわないと不味そうなのが雰囲気から分かる。

「ク、クォンツ様は合流されなくて大丈夫でしょうか? もし、私が戦闘の邪魔になるようでしたら──」
「……アイーシャ嬢」

 何処か邪魔にならない場所に移動しようか、と周辺を見回していたアイーシャの言葉を遮るようにしてクォンツが言葉を放ち、緊張感の孕んだ硬い声音にアイーシャは瞳を見開く。

「……驚かないで、聞いて──いや、自分の目で確認しちまった方が良いかもな……」
「──え? 一体、何を……?」

 良く分からない事を告げて来るクォンツに、アイーシャがきょとりと瞳を瞬かせると、魔物と戦闘を行っているリドル達の方から声が上がる。
 クォンツの父親の参戦に気付いたのだろう。歓声が上がり、クォンツの父親の名前──クラウディオの名前を呼ぶ声が響いて来る。

 その歓声にはちっとも動じず、クォンツがちらり、と崖向こうのある一点を見遣り、アイーシャに視線を戻した後に顎をしゃくる。
 どうやら、クォンツが視線を向けた方向を見てみろ、と言う事らしくアイーシャは不思議に思いながら崖向こうに視線を向ける。

「──? 誰か、他にもご一緒に来られていた方が──」

 アイーシャが崖向こうに佇み、ぴくりとも微動だにしない人物を視界に入れた瞬間、驚きに目を見開いた。
 みるみるうちに驚愕に見開かれていくアイーシャの瞳を見て、クォンツはそっとアイーシャの背中に手を添えてやりながら同じようにウィルバートが佇む方向へと視線を向けた。
 その瞬間、アイーシャの口から小さく小さく呟かれた言葉がクォンツの耳に届いた。

「──お父様っ」
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