83 / 169
83
しおりを挟む鋭く、何処か緊張を孕んだ声が響き、アイーシャ達三人は瞬時に声の聞こえて来た方向へと振り向く。
「──魔物……、っ!?」
「ルドラン嬢、魔物から離れるように……」
「誰か……! ルドラン嬢を!」
「大丈夫ですっ、私も自分の身を最低限守れる程度の魔法でしたら……!」
アイーシャの悲鳴のように鋭く叫んだ声の後に、マーベリックが落ち着いた声音でアイーシャに告げ、リドルが近くに居た魔法防御が得意な部隊の中から数人に向かって声を掛ける。
アイーシャは自分の身よりもマーベリックやリドルの身を優先して守って欲しい為そう言葉を紡ぐがリドルに声を掛けられた魔法防御部隊の中から一人アイーシャに向かって駆けて来る。
「ルドラン嬢、魔物からなるべく距離を取りつつも孤立しないようにしてくれ」
「わ、分かりましたアーキワンデ卿」
マーベリックは既に腰の長剣を抜き、刀身に魔法を付加すると魔物が出た入口付近へと駆けて行っている。
その背を見つめながらアイーシャも瞬時に魔法が放てるように心構えをしつつ、マーベリックから遅れて魔物の元へと駆けて行く背中を見つめる。
「ルドラン嬢。攻撃魔法が得意な部隊と殿下アーキワンデ公爵家の子息がいらっしゃるので余程の事が無い限り大丈夫ですが、我々も魔法防御の部隊に合流しましょう。崖の近くは危険ですから」
「そ、そうですね。失礼しました、あちらに──」
部隊の隊員の言葉に頷き、アイーシャが促された場所へと向かおうとした時に、魔物の咆哮だろうか。
聞いた事も無いような耳を劈く不快な声が周囲に響き渡る。
「──なっ、」
咄嗟にアイーシャが耳を塞ぎ、魔物が居る方向へと視線を向けて、そして。
アイーシャの視界に入った魔物の異形さに瞳を見開いた。
「な、何ですか……あの、魔物……」
アイーシャは掠れる声で何とか小さくそう呟くと、隣で同じように唖然と魔物を見詰める隊員と同じくその場に立ち尽くす。
魔物、と言っても小型から中型の動物のような魔物の姿を想像していた。
犬や、狼。そう言った類の魔物を想像していたと言うのに今、アイーシャ達の目の前に居る魔物は今まで見た事も聞いた事も無いような姿をしていて。
歪な存在が確かにそこに居る恐怖に、アイーシャは握り締めていた自分の拳。指先が真っ白になっている事に気付かない。
「な……っ、あれは……っ」
魔物が、数人の魔法攻撃部隊の隊員の攻撃に怯み、傷を負ったのだろうか。痛々しい咆哮を上げている。
マーベリックやリドルも呆気に取られていたような様子だったが、直ぐに切り替えると長剣に付加した魔法を発動して魔物と戦闘に入っている。
だが、マーベリックやリドルの刀身はその魔物の硬い爪に弾かれ、受け止められ上手く攻め切れていない。
「あれ、は……」
「ルドラン嬢……! こちらに!」
アイーシャの手を取り、隊員が魔法防御の部隊が居る方向へと駆けて行く。
アイーシャは自分の腕を引かれながら、何故か魔物から目を逸らす事が出来ない。
不快な咆哮を上げる異様な、醜い姿。
その姿に恐れ、不安を感じている筈なのだが──。
「あれ、は……合成獣……?」
まるで、どこかの神話に出てくるような異質で異様な姿。
沢山の動物を混ぜこぜにしたような姿に恐怖心を抱くのと同時、アイーシャは何故か悲しみを抱いていた。
この山中で、あのような姿を見た事など無い。
神話に登場するような生物が生息している筈が無い。
アイーシャの父、ウィルバートが昔良く話して聞かせてくれた御伽噺で出てきた可哀想な合成獣。
その可哀想な合成獣は、自分勝手な欲望を持つ人間に作り出された生物だ。
幼い頃の好奇心で、アイーシャはウィルバートに聞いた事がある。
自分の国の創世神話でも、そのような生物が出てくるのか、と。
だが、アイーシャの質問にウィルバートは首を横に振ったのだ。
合成獣と言う生き物が自然発生する事は無い、と。
それならば、答えは一つだけだろう。
自分達の目の前で暴れるあの魔物はきっとこの場所で造られた存在だ──。
アイーシャは、何故か自然とそう感じてしまい、魔法攻撃に咆哮を上げ続ける合成獣を青い顔でじっと見詰めた。
96
お気に入りに追加
5,660
あなたにおすすめの小説

妹の嘘を信じた婚約者から責められたうえ婚約破棄されましたが、救いの手が差し伸べられました!? ~再会から幕開ける希望ある未来への道~
四季
恋愛
ダリア・フィーオンはある日のパーティー中に王子であり婚約者でもあるエーリオ・ディッセンヴォフから婚約破棄を告げられた。
しかもその決定の裏には、ダリアの妹であるローズの嘘があり。
婚約者と実妹の両方から傷つけられることとなってしまうダリアだった。
ただ、そんな時、一人の青年が現れて……。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。
新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる