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しおりを挟む「──ぇっ、」
マーベリックの言葉に、アイーシャは小さく言葉を発したがその声にマーベリックは笑みを深くしただけで返事を返す事は無く、そのまま室内から姿を消した。
リドルも共に部屋から退出してしまったので、室内に残っているのはアイーシャを含めて女性の治癒術士と、使用人のルミアと、もう一人の女性使用人だけの四人だけで。
「お嬢様……! 良かったですね!」
「ルミア……。ええ、ええ……本当に良かった……っ」
使用人ルミアの嬉しそうな声音に、アイーシャも表情を綻ばせる。
クォンツは無事だ、と。
王城に報せが入った、とマーベリックが言っていた。
「クォンツ様のお父様も、ご無事だったみたいで……っ、本当に良かったわ……。ただ、お怪我をしていると殿下が仰っていたので、それが心配だけれど……」
「そう、ですね……けれど王太子殿下の表情から深刻な状況にはなっていなさそうですね……!」
アイーシャはルミアの言葉に「確かにそうね」とはにかみながら言葉を返す。
「殿下と、アーキワンデ卿は子爵領のあの山中にもう一度行かれるのよね……」
アイーシャは、ぽつりと呟き部屋の窓から子爵領のある方向へと寂しそうに視線を向ける。
自分も共に向かう事が出来たら、とアイーシャは考えて、そこで首を横に振る。
自分が行ったとしてもきっと足手まといになってしまう。
山中は、幼い頃に父と散策した事はあるが記憶も鮮明では無いし、マーベリックやリドルが辿り着きたい場所を正確に案内出来る自信も無い。
でも、それでも。とアイーシャは考えてしまう。
クォンツの無事を早く自分の目で確かめたい。
もしクォンツが大変な目に合っているのであれば、怪我で苦しい思いをしているのであれば。
クォンツが自分を助けてくれた時のように何か役に立てれば、と考える。
「……私にも、出来る事はあるかもしれないわ……」
「──お嬢様?」
ぽつり、と呟いたアイーシャの言葉にルミアは不思議そうにアイーシャに話し掛けたが、アイーシャは曖昧に笑っただけだった。
部屋を出たマーベリックは、先程までアイーシャに向けていた穏やかな表情を瞬時に消し歩く。
後に続き、出て来たリドルはマーベリックのその変わり様に些か恐れを抱く。
「──……マーベリック」
「……何だ?」
リドルの言葉にマーベリックは無表情のまま足を動かし続け、ベルトルトが拘束されている部屋へと向かっている。
「女性に対して、姑息な手を使った人物が許せないのは分かるが……頼むからその場で斬りかからないでくれよ?」
後処理が面倒だろう、とぼやくリドルにマーベリックはちらりと後ろを振り向くと「当たり前だ」と答える。
「許し難い所業ではあるが、この場で簡単に命を奪う訳にはいかん。ベルトルト・ケティングにはしっかりと罪を償わせる」
「──ああ、そうしてくれ」
「……着いたな」
二人で話し廊下を進んでいる内に、ベルトルトが拘束されている部屋の前に到着した。
街の警備隊の見張りが二名、扉前で待機しており警備隊の者はマーベリックとリドルがやってきた事に緊張した面持ちで頭を下げると扉に手を掛けた。
「……さぁ、ベルトルト・ケティングは一体どんな言い訳をするか……見物だな」
「無茶はしないでくれよ……」
「無論だ」
扉が開き、マーベリックとリドルが姿を表した事に、室内で拘束されていたベルトルトがびくり、と体を震わせる。
何故こんな場所にこの国の王太子であるマーベリックと、アーキワンデ公爵家の嫡男であるリドルが居るのだ、とベルトルトは狼狽えているようで。
ベルトルトは後ろ手に拘束された姿勢のまま、もぞりと体を動かした。
「──ああ、動くな。ベルトルト・ケティング。お前には婦女暴行……いや、強姦未遂の疑惑がある」
「おっ、恐れながら殿下……っ!」
室内に入ってくるなり、そう口にするマーベリックに、ベルトルトは顔色を真っ青にしながら言葉を発する。
マーベリック自身がベルトルトに発言を許可していないと言うのに、ベルトルトが言葉を紡いだ事に僅かに苛立ちを覚えたが、マーベリックは片眉を上げ、ベルトルトに視線を向ける。
「……何か誤解があるのであれば、聞こうか……?」
「あっ、ありがとうございます殿下……! 恐れながら、そもそも私がこのように捕らえられている事その物が間違っております……!」
「……ほう? 貴殿は女性を襲っていない、と……?」
「えっ、いえ……っ、その……っ。確かに、アイーシャに対してそのような行動を取った事は事実ではございますが……、私達は婚約者同士です……。少しアイーシャと喧嘩、口論のような事になってしまって、私の態度に激怒したアイーシャが事を大事にしてしまっただけなのです」
ぺらぺらと言い訳を口にするベルトルトに、マーベリックは蔑むような視線を向けると自分の口元に手を当て思い出すように言葉を返す。
「婚約者……? だが、アイーシャ・ルドラン嬢は現在ケティング侯爵家に対して婚約破棄の申し出を行っている……。ケティング侯爵家がその申し出に応じていないだけで、アイーシャ・ルドラン嬢の申し立ての資料を確認した限り、ベルトルト・ケティング卿の有責は明らかであるが……? 侯爵家が引き伸ばしているだけで、本来であれば両家の婚約は迅速に破棄されているはず……。よって、貴殿とアイーシャ・ルドラン嬢が未だに婚約者同士、と言う言い分には些か無理があるが」
「そっ、それは……っ」
何故、国内の一貴族の婚約状況をそこまで把握しているのだ、とベルトルトが驚愕に瞳を見開く。
マーベリックの言葉は尤もで、本来であればアイーシャとの婚約はベルトルト有責で既に破棄が済んでいても何らおかしくはない。
だが、ベルトルトのケティング侯爵家がごねてアイーシャの申し出を突っぱねているだけだ。
ベルトルトは、他に何か良い理由はないか、と瞳を泳がせそしてはっと表情を明るくする。
「そっ、そうです……! アイーシャは、私に長年懸想しておりまして……っ、私がアイーシャの妹君であるエリシャ・ルドラン嬢にばかり構う事に悪感情を抱いておりました……! アイーシャは、エリシャ嬢に嫉妬するあまり、エリシャ嬢に体罰を与えてもおりました! その体罰の証拠もしっかりとエリシャ嬢の体に残っております……っ。こ、今回は私に執着しているアイーシャが、嫉妬のあまり騒いだだけなのです……!」
つらつらと言い訳を口にするベルトルトに、マーベリックは冷たい視線を向けた後「分かった」と言葉を紡ぐ。
マーベリックの言葉に、ベルトルトは「助かった」とばかりに表情を輝かせたが、マーベリックは言葉を続けた。
「ならば、アイーシャ・ルドラン嬢にこの場に同席してもらい、今の話の真偽を問おうか。アイーシャ・ルドラン嬢が愛する婚約者に執着するあまり、自分の妹君のエリシャ・ルドランに嫉妬している、……だったな?」
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