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 アイーシャの了承を得て、部屋の死角に居たマーベリックとリドルは安心したように顔を見合わせると、共に連れて来ていた王城の医師兼治癒術士とゆっくり姿を表した。

 女性の治癒術士を先頭に、次いでマーベリックとリドルがアイーシャの元へと歩いて近付き、たっぷりと距離を取った場所で足を止めるとマーベリックはアイーシャにソファに座るように促した。

「失礼致します」

 アイーシャがそう言葉を紡ぎソファに座った後、直ぐにマーベリックとリドルもアイーシャの向かいのソファに腰を下ろすと、女性治癒術士がアイーシャに近いソファへと腰を下ろす。

「アイーシャ・ルドラン嬢。災難だったな……あの部屋の状態を見れば、何があったのかは何となく察しが付く。……だが、報告が行っているかと思うがベルトルト・ケティングは黙秘を貫いていて、事の詳細が分からん……。辛いだろうが、教えて貰ってもいいだろうか?」

 アイーシャを気遣うようにマーベリックが言葉を発し、ちらりと女性の治癒術士に視線を向ける。

「勿論、途中で気持ち悪くなったりしたら直ぐに治癒術士に処置をしてもらう。話せる範囲で良い……無理はせずでいいので、お願いしたい」
「……殿下」

 アイーシャは、自分を気遣い声を掛けてくれるマーベリックに感謝の気持ちで一杯になる。
 気遣ってくれて、更には王城勤務の貴重な治癒術士まで伴い駆け付けてくれたのだ。
 マーベリックの隣に居るリドルも、アイーシャが怖がらぬように無理に声を発する事は無く、気配を殺すようにして黙っていてくれている。

 アイーシャは、二人の配慮にじんわりと心が暖かくなってくる。
 こんなにも自分の事を気にかけてくれている。自分に対してそのようにしてくれる人が居る、と言うだけで気持ちが強く持てる。
 アイーシャは顔を上げ、しっかりと真っ直ぐマーベリックと視線を合わせると唇を開いた。

「──大丈夫です。あの場所で、ベルトルト・ケティング卿と何があったのか。一部始終、全て包み隠さずお話させて頂きます」





 アイーシャが話しを始め、途中途中マーベリックが質問を挟み、それにアイーシャが答えて。
 アイーシャが全てを説明し終わった頃には日付が変わる頃になっていた。

 アイーシャの説明を全て聞き終わったマーベリックとリドルは額に手を当て、「なるほど」と呟く。

「……両者から事情を聞く事にはなるが……ルドラン嬢の話は嘘を付いているような素振りも、話しを誇張している素振りも無い……。本当に事実だけを淡々と語ってくれて有難う……」
「いえ。とんでもございません。寧ろ、我が家とケティング侯爵家のいざこざに王太子殿下とアーキワンデ卿まで巻き込んでしまって……どうお詫びをしたらいいか……」

 アイーシャがしゅん、と肩を落としてそう告げるとマーベリックは気にするな、と言うように頭を横に振った。

「巻き込んだ、などそんな考えをしないでくれ。ルドラン嬢は私が守るべき我が国の国民だ。困っていれば私は手を差し伸べるし、解決策を共に考える。それが出来ずに国を背負って行ける筈が無い」

 ふわり、とマーベリックが微笑みを見せてアイーシャにそう告げる。
 その様子を見ていたリドルはぎょっと瞳を見開き、マーベリックとアイーシャを交互に見やった。

(これ、は……不味い事になりそうだぞ……、クォンツ……!)

 リドルがあわあわとしている事など露知らず、アイーシャはマーベリックの言葉に感動し、表情を輝かせお礼を述べている。

「ルドラン嬢の話で大体の事は分かった……。これから私とリドルでケティング卿の元に向かい、同じように事情を聞いて来よう。……少し時間が掛かるがこの場所で待っていてくれ。不安感や恐怖感があれば、治癒術士に話して、少しでも負担を軽減するようにな」
「──あ、ありがとうございます、殿下……!」

 マーベリックはアイーシャにそう告げると、ソファから立ち上がり部屋の扉へと向かう。
 アイーシャから話しを聞いた以上、相手のベルトルトにも話しを聞かなければならない。

 マーベリックが立ち上がった事で、リドルもソファから腰を上げてマーベリックに付いて行く。

(それにしても……ケティング侯爵家の次男は……無理矢理ルドラン嬢を手に入れようと姑息な真似を……)

 リドルもベルトルトに対して怒りが込み上げてくる。
 もし、アイーシャにベルトルトを退ける程の魔法の能力が無ければ。
 もし、媚薬の効果がもっと強く、思考が麻痺してしまっていたら。

 最悪の状況になってしまっていただろう。

(女性に媚薬を盛って、事を成そうとするなんて……マーベリックもお怒りだし……。ただじゃ済まないだろうな)

 マーベリックとリドルが部屋の扉に近付き、ドアノブに手を掛けた時。
 思い出したかのようにマーベリックが声を上げた。

「──、ああそうだルドラン嬢。クォンツから報せが届いた。お父上の無事も確認済みで、怪我をしているから今は助けてくれた人物の元に身を寄せているらしい」
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