73 / 169
73
しおりを挟む応接室の中から、けたたましい轟音が響き渡り部屋の外に控えていた使用人が大慌てで室内に入室して来る。
「──お嬢様!?」
バタン、と荒々しく扉が開かれ数人の男性使用人が入室した時。
室内はちらほらとアイーシャが放った火魔法の余波で火が付き、このまま放っておけば火事になってしまうであろう事が察せられる。
いち早く反応した使用人達が、消火の為火が燻っている場所へと駆けて行き、水魔法で消火して行くのを横目で見ながら、アイーシャは自分自身が手篭めにされない事に安堵し、大規模な炎魔法を発動してしまった事から魔力切れを起こして意識を失った。
アイーシャが気を失い、共に室内に居たルミアも気を失いソファに寝かされており、アイーシャが床を這うようにして気を失っているのを見て邸の使用人達はベルトルトへと視線を向けた。
ベルトルトも今は何らかの事情で気を失っているが、ベルトルトが何かしらアイーシャに対して良くない事をしようとしていたのは室内の惨状からして窺えて。
使用人達はアイーシャとルミアの保護を最優先にした後、街の警備隊を呼ぶ事にしたのであった。
「……ん、」
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
アイーシャは重だるい体を僅かに動かし、瞳を開けた。
未だに意識がハッキリしておらず、頭もぼうっとしてしまっている。
だが、ベルトルトと共に居た時に感じた身を焼くような体の熱さはなりを潜めており、アイーシャは身動ぎした。
「──お嬢様! お目覚めですか……っ!」
「……るみあ?」
アイーシャの声と、微かに身動いだ音に気付いたのだろう。
少し離れた場所にあった気配が声を上げながら素早く近付いて来て、アイーシャは自分の顔を覗き込むルミアの姿に視界がぼやけて来る。
「お嬢様、お体は……無事でしょうか……? お医者様に解毒薬を処方して頂きましたので、私がお嬢様に飲ませて頂きました……!」
「ありがとう、ルミア……。私が気を失っている間に飲ませてくれたのね……。体の調子は……、大分戻っているわ、熱さも感じない……」
ルミアの言葉に返答しつつ、アイーシャが体を起こそうとするとルミアが手伝ってくれる。
室内を確認してみれば、そこはアイーシャの自室で。
見慣れた景色に、アイーシャはほっと安心して安堵の息を吐き出した。
「えっと……、私はあれから……。っ、そうだわ! ルミア、ルミアは大丈夫なの!? ケティング卿に首を叩かれていたでしょう!?」
「わわっ、落ち着いて下さいお嬢様……っ! 私は大丈夫です! あの後、異変に気付いた男性使用人達が直ぐに部屋に入って来てくれて、お嬢様と私を直ぐに部屋から連れ出してくれてお医者様に見せてくれたので……!」
「そう……、良かった……ルミアに何も無くて本当に良かったわ……。使用人の皆にもお礼を言わないとね……」
眉を下げて微笑むアイーシャに、ルミアも瞳を潤ませてこくりと頷くと、思い出したかのようにはっと表情を変えた。
「そ、そうです……! お嬢様……! 使用人が街の警備隊を呼んでくれて、それでっ!」
「警備隊を……? なるほど、そうね……警備隊の方々も当事者である私が意識を失っていて、詳細が分からないわよね。動けそうだから、手伝ってくれるかしら? 説明をしに行かなくちゃ」
ベッドから足を下ろして、警備隊の元へ向かおうとするアイーシャを手助けしながら、ルミアは「その……」と躊躇いがちに言葉を掛ける。
「お嬢様……その、……警備隊が邸に来て下さった後……王太子殿下に報告が行ったようで……」
「──え、……まさか!」
アイーシャが驚き、慌て出すのを見ながらルミアはこくりと頷いた。
「王太子殿下と、リドル・アーキワンデ卿がお出でです……。応接室は使えない状況でしたので……一番広い客間にお通ししております」
お会い出来そうですか? と言うルミアの声にアイーシャは勿論! と答えると急いでマーベリックとリドルの元へ向かう為、支度を始めた。
ルミアに教えて貰った客間へとアイーシャは急ぎ足で向かっていた。
身支度をしている間に、ルミアに現状どうなっているのかを軽く説明されたアイーシャは頭の中で情報を整理していた。
(あれから、数時間経っていて……今は夜半ね……王城から直ぐにやって来て下さった殿下と、アーキワンデ卿の指示により、ケティング卿は別室で拘束されたまま……)
ぱたぱた、と忙しなく足を動かし廊下を進む。
(ケティング卿は、少し前に目を覚ましたけれど何も言葉を紡がない……それは、そうよね……。まさか違法薬物を女性に盛った、と知られればケティング卿も、ご実家の侯爵家もただでは済まない……っ)
アイーシャは、マーベリックとリドルが待機しているであろう部屋の前に到着するとすぅっ、と息を吸い込んで扉をノックした。
「お待たせ致しました。アイーシャ・ルドランです」
アイーシャが扉をノックすると、直ぐに扉の向こうからマーベリックの穏やかな声が返って来る。
「入ってくれ」
「失礼致します」
マーベリックの声に、アイーシャが扉を開けて室内へと視線を向けると驚きに目を見開く。
「──えっ、え? 殿下、とアーキワンデ卿、は……?」
室内を軽く見回してもそこにマーベリックとリドルの姿は無く。
室内には女性使用人しかいない。
アイーシャが混乱していると、部屋の奥──。壁があり、死角となっている場所からマーベリックの声が聞こえて来た。
「──私達が、姿を見せても大丈夫かな……? それとも、私達が詳しい話しを聞くのが難しいのであれば、室内に女性医師を同席させている。出来れば……今回の事柄を私とリドルもルドラン嬢の口から直接報告を受けたい、のだが……大丈夫そうだろうか?」
マーベリックの暖かい配慮と、優しい声音にアイーシャは自然と微笑みを浮かべると「勿論、お二人にお話させて頂きます」と口にした。
109
お気に入りに追加
5,671
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる