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しおりを挟む応接室の中から、けたたましい轟音が響き渡り部屋の外に控えていた使用人が大慌てで室内に入室して来る。
「──お嬢様!?」
バタン、と荒々しく扉が開かれ数人の男性使用人が入室した時。
室内はちらほらとアイーシャが放った火魔法の余波で火が付き、このまま放っておけば火事になってしまうであろう事が察せられる。
いち早く反応した使用人達が、消火の為火が燻っている場所へと駆けて行き、水魔法で消火して行くのを横目で見ながら、アイーシャは自分自身が手篭めにされない事に安堵し、大規模な炎魔法を発動してしまった事から魔力切れを起こして意識を失った。
アイーシャが気を失い、共に室内に居たルミアも気を失いソファに寝かされており、アイーシャが床を這うようにして気を失っているのを見て邸の使用人達はベルトルトへと視線を向けた。
ベルトルトも今は何らかの事情で気を失っているが、ベルトルトが何かしらアイーシャに対して良くない事をしようとしていたのは室内の惨状からして窺えて。
使用人達はアイーシャとルミアの保護を最優先にした後、街の警備隊を呼ぶ事にしたのであった。
「……ん、」
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
アイーシャは重だるい体を僅かに動かし、瞳を開けた。
未だに意識がハッキリしておらず、頭もぼうっとしてしまっている。
だが、ベルトルトと共に居た時に感じた身を焼くような体の熱さはなりを潜めており、アイーシャは身動ぎした。
「──お嬢様! お目覚めですか……っ!」
「……るみあ?」
アイーシャの声と、微かに身動いだ音に気付いたのだろう。
少し離れた場所にあった気配が声を上げながら素早く近付いて来て、アイーシャは自分の顔を覗き込むルミアの姿に視界がぼやけて来る。
「お嬢様、お体は……無事でしょうか……? お医者様に解毒薬を処方して頂きましたので、私がお嬢様に飲ませて頂きました……!」
「ありがとう、ルミア……。私が気を失っている間に飲ませてくれたのね……。体の調子は……、大分戻っているわ、熱さも感じない……」
ルミアの言葉に返答しつつ、アイーシャが体を起こそうとするとルミアが手伝ってくれる。
室内を確認してみれば、そこはアイーシャの自室で。
見慣れた景色に、アイーシャはほっと安心して安堵の息を吐き出した。
「えっと……、私はあれから……。っ、そうだわ! ルミア、ルミアは大丈夫なの!? ケティング卿に首を叩かれていたでしょう!?」
「わわっ、落ち着いて下さいお嬢様……っ! 私は大丈夫です! あの後、異変に気付いた男性使用人達が直ぐに部屋に入って来てくれて、お嬢様と私を直ぐに部屋から連れ出してくれてお医者様に見せてくれたので……!」
「そう……、良かった……ルミアに何も無くて本当に良かったわ……。使用人の皆にもお礼を言わないとね……」
眉を下げて微笑むアイーシャに、ルミアも瞳を潤ませてこくりと頷くと、思い出したかのようにはっと表情を変えた。
「そ、そうです……! お嬢様……! 使用人が街の警備隊を呼んでくれて、それでっ!」
「警備隊を……? なるほど、そうね……警備隊の方々も当事者である私が意識を失っていて、詳細が分からないわよね。動けそうだから、手伝ってくれるかしら? 説明をしに行かなくちゃ」
ベッドから足を下ろして、警備隊の元へ向かおうとするアイーシャを手助けしながら、ルミアは「その……」と躊躇いがちに言葉を掛ける。
「お嬢様……その、……警備隊が邸に来て下さった後……王太子殿下に報告が行ったようで……」
「──え、……まさか!」
アイーシャが驚き、慌て出すのを見ながらルミアはこくりと頷いた。
「王太子殿下と、リドル・アーキワンデ卿がお出でです……。応接室は使えない状況でしたので……一番広い客間にお通ししております」
お会い出来そうですか? と言うルミアの声にアイーシャは勿論! と答えると急いでマーベリックとリドルの元へ向かう為、支度を始めた。
ルミアに教えて貰った客間へとアイーシャは急ぎ足で向かっていた。
身支度をしている間に、ルミアに現状どうなっているのかを軽く説明されたアイーシャは頭の中で情報を整理していた。
(あれから、数時間経っていて……今は夜半ね……王城から直ぐにやって来て下さった殿下と、アーキワンデ卿の指示により、ケティング卿は別室で拘束されたまま……)
ぱたぱた、と忙しなく足を動かし廊下を進む。
(ケティング卿は、少し前に目を覚ましたけれど何も言葉を紡がない……それは、そうよね……。まさか違法薬物を女性に盛った、と知られればケティング卿も、ご実家の侯爵家もただでは済まない……っ)
アイーシャは、マーベリックとリドルが待機しているであろう部屋の前に到着するとすぅっ、と息を吸い込んで扉をノックした。
「お待たせ致しました。アイーシャ・ルドランです」
アイーシャが扉をノックすると、直ぐに扉の向こうからマーベリックの穏やかな声が返って来る。
「入ってくれ」
「失礼致します」
マーベリックの声に、アイーシャが扉を開けて室内へと視線を向けると驚きに目を見開く。
「──えっ、え? 殿下、とアーキワンデ卿、は……?」
室内を軽く見回してもそこにマーベリックとリドルの姿は無く。
室内には女性使用人しかいない。
アイーシャが混乱していると、部屋の奥──。壁があり、死角となっている場所からマーベリックの声が聞こえて来た。
「──私達が、姿を見せても大丈夫かな……? それとも、私達が詳しい話しを聞くのが難しいのであれば、室内に女性医師を同席させている。出来れば……今回の事柄を私とリドルもルドラン嬢の口から直接報告を受けたい、のだが……大丈夫そうだろうか?」
マーベリックの暖かい配慮と、優しい声音にアイーシャは自然と微笑みを浮かべると「勿論、お二人にお話させて頂きます」と口にした。
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