上 下
70 / 169

70

しおりを挟む


 翌朝。
 アイーシャ達は朝食を取った後、正午頃に馬車に乗り込み一旦王都へと帰還する事にする。

 急ぎ王都へ戻ったマーベリックが国王へと報告し、小隊を率いて再びあの山中へと向かう許可を得る。
 そうして、山中での調査及びケネブ・ルドランが犯した罪を確認し次第再び王都へと戻り、ケネブ・ルドラン、エリシャ・ルドラン、エリザベート・ルドラン三人を処罰するらしい。

「ルドラン嬢、山中への同行だが……」
「──はい、?」

 馬車へと向かう道すがら、マーベリックが考えるように自分の口元に手を当ててアイーシャへと話し掛ける。

「ルドラン子爵家の山中とは言え、山中は獣やもしかしたら魔物が出る可能性がある。……戦闘可能な小隊と共に我々は山中に入るとは言え……、女性であるルドラン嬢に山中の調査は体力的には厳しい可能性がある」
「はい」
「だが、ルドラン子爵家の領地であり、ルドラン嬢は幼少の頃お父君と山中に向かった事がある、な……? それならば、山中を覚えているかもしれん……同行してもらうべきかいなか……」

 マーベリックが悩んでいると、馬車の手前で待っていたリドルが困ったように眉を下げて笑う。

「……ここにクォンツが居れば"アイーシャ嬢は俺が守るから大丈夫だ"って難無く言いそうですね」

 リドルの口からクォンツの名前が出て来て、アイーシャもどきり、と鼓動を弾ませた後リドルと同じように笑みを浮かべる。

「ふふっ、アーキワンデ卿の仰る通りですね。私にもクォンツ様が自信満々にそう言って下さる姿が想像出来ます」
「そうか、クォンツの侯爵家にルドラン嬢は避難していたんだったな。クォンツであれば確かにそう言うだろう……。あいつの腕も確かだ」
「そうですね。クォンツがこの場に居れば、殿下の護衛と、我々とで山中へ調査に入る事が出来たかもしれません」
「ああ……」

 アイーシャは、リドルとマーベリックの会話を聞きながらクォンツ自身にそれ程までの戦闘能力があったのか、と僅かに驚く。
 もし、この場にクォンツが居れば山中への調査も出来ていたかもしれない。

(クォンツ様……ご無事かしら……)

 アイーシャがクォンツの事を思い出し、ゆるゆると口元に笑みを浮かべる。
 すると、何処からか。
 ゾクッとする程の悪意や恨みの籠った視線を受けアイーシャは肩を震わせた。

「──……っ、」
「ルドラン嬢?」

 馬車に乗り込む寸前で、突然足を止めてしまったアイーシャにリドルが不思議そうな表情を浮かべて声を掛ける。
 マーベリックは既に馬車に乗り込んでいたようで、馬車の扉からひょこりと顔を出しアイーシャに不思議そうな顔を向けている。

「──っ、! ……いえっ、何でもありません……っ、失礼しました」

 アイーシャは、悪意や恨みの籠った視線の先を探してしまい、そして自分達が乗り込む馬車から離れた場所にぽつりと待機している馬車の窓に目を向けて、見てしまった。

 馬車の窓に引かれているカーテンが少しだけ揺れて。
 その隙間から悪意に満ちた瞳がじぃっとアイーシャを見ている事に気付き、ぱっと顔を逸らしてリドルが待つ方へとアイーシャは小走りで向かった。



 行きは余裕を持ち、三日掛けてやって来たが帰りは急ぎ王都へ戻る為最低限の休息を取るだけに留め、二日程で王都へと戻って来た。

 王城へ向かう前に、マーベリック達はアイーシャをルドラン子爵邸へと送り届けてくれ、アイーシャが馬車を下りる際にリドルが説明してくれた。

「ルドラン嬢……、まだどうなるかはわからないけど……。ルドラン嬢に山中を案内して欲しい、と言う事になるかもしれない。もしそうなった場合、直ぐ再び子爵領に向かえる為に準備だけはしておいてもらってもいいかい?」
「──っ、! かしこまりました……!」
「今回は邸だったから……良かったけど、次は山中だからね……もしかしたら陛下から許可は降りないかもしれないけど……念の為に。俺がしっかりルドラン嬢を守るよって言えればいいんだけど……情けない……」
「とんでもございません……! アーキワンデ卿にも、殿下にも沢山気遣って頂いて……申し訳無い気持ちでいっぱいです……もし同行が出来なくとも、王都で無事を祈っておりますので」
「──ありがとう。……それじゃあ、俺達はここで。また直ぐに連絡をするから、子爵邸に居て欲しい」
「かしこまりました。お気を付けて!」

 馬車に戻るリドルを、馬車に乗っているマーベリックを。アイーシャは馬車が邸の正門を出て、見えなくなるまでその場で見送った。

 馬車が子爵邸から立ち去った後、アイーシャは「よし」と小さく呟くとくるり、と邸へと向き直り玄関へと足を進める。

「陛下から許可は……出ない可能性の方が高いわね……。ちょっとばかり魔法が使えても、きっと足手まといだもの……」

 自分は邸に残って、どうしようかと考える。

「一度、クォンツ様の侯爵邸にも戻った事をご報告に行って……お礼もさせて頂かないと……」

 クォンツからの連絡は、まだ無い。
 一体、今は何処に居るのか。
 そして怪我等はしていないのだろうか、とアイーシャが考えながら玄関を開けて邸の中へと入るとアイーシャを出迎えた邸の使用人達の顔色が悪い。

「──どうしたの、皆──……」
「アイーシャ! 待っていたよ!」

 アイーシャが使用人に声を掛けたと同時。
 この場では聞こえる事が無い筈の男の声が聞こえて、アイーシャはその声が聞こえてきた方向に弾かれたように顔を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

処理中です...