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しおりを挟むクォンツの目の前に現れたのは、クォンツと同じ髪色を持つ、消息不明となっていた正真正銘、自分の父親で。
クォンツは安心したように表情を緩めたが次に父親の姿──、正しくは左腕を視界に入れて目を見開いた。
「ああ、何とか無事だ。……この家の住人に助けて頂いて、な」
「父上……その腕……」
クォンツは、信じられない思いでか細く言葉を零す。
クォンツの父親は、クォンツの言葉に苦笑すると肩から先、失われてしまっている自分の腕にそっと視線を向けるとクォンツに言葉を返した。
「ああ……どうやら川に落下した時に酷く左腕を損傷したようでな……倒れていた俺を見付けた時には既に腕は無かったようだ。それに、全身毒まみれだったようで……助けてくれた住人の方には感謝してもしきれん」
息子のお前も助けてくれたようだしな、と父親が話すと、クォンツはそうだった、と周囲を見回す。
「──そう言えば、その助けて下さった方は……?」
クォンツはキョロキョロと室内を見回すが、自分が寝かせられていたベッドがぽつりと一つあるのと、小さな丸テーブルと椅子が一つあるだけの簡素な部屋には、クォンツとクォンツの父親しか居なかった。
「ああ、ウィルさん、と言う方でな。ウィルさんは今奥さんの元に行っている……。少ししたら戻って来るから待っていろ……」
悲しげに目を伏せた自分の父親に、クォンツは首を傾げつつも「分かりました」と返事をすると、ベッドから起き上がり一先ず父親と情報を共有する事にした。
「父上が、消息を断たれてから……俺もここに来たのですが……」
「──ああ。お前も遭遇したんだろう?」
ちらり、と視線を向けられてクォンツは神妙な表情でこくりと頷く。
「あれは一体何ですか……こっちの攻撃パターンを理解し、吸収し対策を立てているように感じました」
「ああ。それは俺も同意見だ。しかも、あのような形状の魔物は毒霧など吐く事は無いのだが、毒霧を吐き出すし……」
そこで一旦言葉を切った父親に、クォンツは訝しげに視線を向けると父親は自分でも信じられないとでも言うように唇を開いた。
「あの魔物……魔法を使用したぞ……」
「──は、?」
魔物の中には、魔法を使用する種類もいる。
だが、動物の形状に近い魔物には魔法を使用する者は今の今まで聞いた事が無い。
本当にそんな事があるのだろうか、とクォンツが父親に向かって疑うような視線を向けると、父親も自分で見た光景が本当かどうか半信半疑のようだが、クォンツにもう一度言葉を紡いだ。
「──確かに、……あれは魔法だった、ように見える……」
「あのような個体の魔物が魔法を放つなど……今まで聞いた事も見た事も無いですが……」
「信じられぬのも無理は無い。俺も信じたくはないからな……」
だが、とクォンツの父親が続きの言葉を紡ごうとした瞬間。
この家の家主が戻って来たのだろう。
クォンツが眠っていた部屋の奥。恐らく玄関だろう。そこが開く音がして、人の気配が扉の向こうで動いた。
その事に気付いたクォンツの父親はそちらに視線を向けると、体の向きも変える。
「一先ず、その話は後だ。……ウィルさんにお礼を告げなければ」
「それならば、俺も」
クォンツはベッドから足を下ろすと、そこにあった自分のブーツに足を入れる。
川に流され、ぐしょぐしょになり泥汚れも酷かっただろうに今はそのような汚れも無く、びしょ濡れにもなっておらず乾いている。
父親は不器用なのでそのような事は出来ない為、もしかしたらここの家主が綺麗に整えてくれたのかもしれない、と考えクォンツは色々とお礼をしなければ、と考えつつ父親に続く。
ガチャリ、と扉を開けて先に外に出て行く父親に続いてクォンツも部屋の外に出ると自分を助けてくれた家主に視線を向けた。
「──ウィルさん、息子が目を覚ましたよ。助けてくれて本当にありがとう。どれだけ貴方には感謝してもしきれないな」
「ああ、良かったですよ息子さんが目覚めて……!」
流された姿を見た時、血縁関係があるんだろうな、と思っていたので。とそう柔らかな声音で言葉を紡ぐウィル、と言う自分を助けてくれた男に視線をやり、そうしてその男の姿を目にした瞬間、クォンツは瞳を見開いた。
その男は、ある人物を彷彿とさせるような赤紫の躑躅色の髪の毛をふわりと揺らし、柔らかな微笑みを浮かべてクォンツの父親と、クォンツに視線を向けて笑いかけた。
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