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◇◆◇

「──……はっ、はぁ……っ、」

 ざざざ、と森の中を駆け抜け後方をちらりと確認しながら前へ前へ、と進む。

「畜生っ、何だあの魔物は……っ、」

 ついつい口汚く罵ってしまうのも無理は無い。
 今まで自分が相手にしていた魔物などとは桁違いだ。
 いくら切り付けても、四肢を落としても驚異的な再生力で直ぐにその体は元に戻ってしまい、しまいにはよく分からない毒霧を吐き出してくる。

 視界が悪い森の中での戦闘ではこちらに分が悪い。
 もう少し開けた場所であればまだやり易いだろう、と判断して森の中を疾走しているが夜の闇に視界は悪く、木々が空を覆う為月明かりも届かず方向感覚まで麻痺してくるようだ。
 雷魔法の応用で知覚を鋭くさせてはいるが、それも微々たる物で気を抜けば魔物の鉤爪が自分の体を貫くだろう。

「──はっ、はは……っ、」

 男は夜明け色の髪の毛を汗と血で濡らしながら金色の瞳を愉悦に細めた。

「まさかっ、こんな事になるなんてなぁ……っ、これでは父もどうなっているか……」

 夜明け色の髪の毛と、金の瞳を持つ男。クォンツ・ユルドラークはぎりっと自分の奥歯を噛み締めると直ぐ背後に迫って来ていた魔物の毒の尾を横に跳んで避け、振り向き様に氷魔法を魔物に叩き込む。
 真正面からクォンツの氷魔法をまともに食らってしまった魔物は氷漬けにされるが、それも数秒間だけで。直ぐに氷魔法の硬直から解放されると魔物は少し距離が出来てしまったクォンツを再び追い始めた。



 森を疾走しつつ、クォンツは幾度となく魔物と戦闘をしながら違和感を覚えていた。
 戦う度に反応速度が早くなり、クォンツの攻撃パターンを学習しているらしく不意打ちの攻撃に対応し始めている。

「頭の悪い魔物にしては……っ、おかしいだろ……っ」

 クォンツは小さく声を上げると前方に駆けていた速度のまま飛び込み、背後から迫っていた毒の尾の攻撃を避けると素早く起き上がり自分の手に氷魔法で作り出した長剣を握る。
 腰に下げていた長剣は度重なる戦闘と、森の中を疾走しつつ攻撃を防いでいる間に魔物が吐き出した毒霧を浴びてしまい、愛用の長剣はボロボロと朽ちてしまった。
 朽ちてしまってからは、クォンツは自身が使用出来うる最大限強力な魔法でもって魔物とやり合ってはいたが、このままでは自分の魔力が枯渇してしまう。

「畜生──……っ」

 魔力が枯渇してしまえばもうどうしようも無い。
 クォンツは、自分の侯爵家に居るアイーシャを無意識の内に頭の中に思い出してしまう。
 このまま自分が帰らず、消息不明となってしまえばアイーシャは気に病んでしまうだろう。
 いつまで経っても戻って来ない自分を心配し、もしかしたら自分を見つけようと奔走してしまうかもしれない。

 まだ、ほんの少しの時間しか共には過ごしていないがアイーシャ・ルドランとはそう言う人間だ、とクォンツは認識している。
 アイーシャは、自分に対して悪感情を持たず自分の味方だと、友人だと認識した人間にはとても心を傾ける質だろう。
 それに、あの碌でもない家から救い出してくれた人だ、ととても恩を感じていると思う。
 そんな恩人、と言うような人物が行方知らずになってしまったら。

「アイーシャ嬢はまた要らぬ事を考えて自分を責める……っ」

 クォンツは、開けた場所に出て来るとくるりと体を反転して自分を追い掛けて来ていた魔物に向かって氷魔法と雷魔法を融合させた魔法を放つ。
 辺りが氷魔法でキン、と空気が凍りつき雷魔法で一瞬だけ空がパッと明るく照らされる。

 雷魔法で周囲が一瞬だけ明るく照らされた瞬間に、クォンツは周囲の様子を把握する。
 自分の近くには崖があり、その場所では少し前に誰かが争った形跡がある。

 そして、地面にこびり付いた赤黒く茶色く変色した物。

 それを認識して、クォンツは目の前の魔物に向かって放った自分の魔法が正しく魔物に叩き込まれ、魔物の動作を一瞬だけでも停止させた事を察すると崖に向かって駆け出した。

(あの魔物には……、飛行出来るような器官は無い……っ)

 一か八か。
 クォンツは魔物の追撃を逃れる為に、崖に向かって走り、魔物が再び動き出す前に眼前の崖に飛び込んだ。
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