58 / 169
58
しおりを挟む大切な思い出の場所だったそこが酷い惨状に成り果ててしまっていて、アイーシャはよろり、と一歩後退する。
「──っ、何で……っこんな事に……っ」
何度もこの邸で過ごす内に偶然見付けたのだろうか。
それとも、何かを知る為にこの場所を探していたのだろうか。
アイーシャはうろ、と視線を彷徨わせて室内をぐるりと見回すとある一箇所に目が止まり瞳を見開いた。
蔵書室の奥の書架の方。
書架には沢山の本が詰め込まれていた筈なのに、その場所だけ不自然で。
その一箇所だけ、ぽかりと穴が空いているかのように本が全て抜き取られている。
そこに、どんな本が収められていたのかは分からない。
けれどアイーシャは床に視線を向けて、本が落ちていない事を確認するとその場から踵を返して蔵書室の扉へと駆け出した。
「──っ、殿下に……っ、殿下にお伝えしないと……っ」
今の時間帯ならば、まだ起きていらっしゃるかもしれないとアイーシャは考えると、一心不乱に廊下を駆け戻った。
廊下を走り、急いでマーベリックとリドルの部屋がある上階へと向かう。
アイーシャのただならぬ様子に、廊下に居た護衛がぎょっとするが、アイーシャの表情を見ると駆けるアイーシャに自らも続き、声を掛けて来る。
「──ルドラン嬢……っ、何がありました……!」
「殿下にっ、殿下に急ぎお伝え下さい……っ! この邸内で、おかしな部屋があった、と……!」
「……っ、! 承知した……!」
アイーシャの言葉を聞き、護衛は頷くとアイーシャの隣を並走していたが王太子であるマーベリックが休む貴賓室へと速度を上げて駆け出した。
「──ルドラン嬢はリドル・アーキワンデ卿にお声を……! その後に貴賓室にお越しください!」
「かしこまりました!」
アイーシャの言葉を聞くと、護衛はそのまま前を真っ直ぐ見据え、長い長い廊下を駆けて行った。
アイーシャは護衛に告げられた通り、リドルの客間へと向かう。
この時ばかりはこんなに広い別邸に焦りが込み上げる。
アイーシャの父親が建てたのでは無く、数代前のルドラン子爵当主がこの別邸を建てたらしいがそれにしても土地があるからと言って、この規模はやり過ぎでは無いだろうか、とアイーシャは別邸の広さに無性に腹が立ってしまう。
貴賓室はこの別邸の奥の区画にある為、距離があるがリドルの客間はまだ近い方だ。
だが、それでも暫く廊下を走り、廊下を曲がりようやっとリドルの滞在している客間が視界に入ってアイーシャは走る速度を上げた。
「──夜分に申し訳ございません、アーキワンデ卿……っ!」
「ルドラン嬢……、この騒ぎは……」
アイーシャがリドルの客間の扉を叩くと、直ぐに中からリドルが姿を表した。
ばたばたと廊下を駆けて行った護衛の足音に何か起きたのだろうと察したのだろう。
リドルはゆったりとした室内用の簡素なシャツの上に上着を羽織り、部屋から出てくる。
流石にこの時間にアイーシャを部屋に通す事は避けたのだろう。リドルは外に出ても大丈夫な最低限の準備をしてアイーシャを出迎え、そのまま廊下へと出て来るとマーベリックの滞在している貴賓室の方向へと足を動かした。
「ルドラン嬢の表情から、何か良く無い事が起きたのかな……? 殿下の元へ向かう間、簡単に何が起きたのか情報を共有して貰えると助かる」
「はいっ、勿論です……!」
アイーシャとリドルが話しながら足を進め、客間が続く廊下を歩いているととある客間の前を通り過ぎる際に、中から物音が聞こえた。
その客間の扉の前には、マーベリックが連れて来ていた護衛が二人立っておりアイーシャは不思議そうな表情を浮かべたが、隣を歩くリドルにそっと背中に手を添えられて促される。
「それで……何が起きたのか聞いてもいいかな?」
「はい、実は──」
リドルと共に廊下を進み、マーベリックの貴賓室まで向かう間にアイーシャは端的に自分がその目で見てきた事を説明した。
アイーシャの説明が終わった頃。
丁度そのタイミングでマーベリックの貴賓室に到着したアイーシャとリドルは扉の前で足を止めた。
アイーシャから話を聞いたリドルは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
「……一先ず、今の話を殿下にしようか」
「はい」
アイーシャとリドルが到着するのを待っていてくれていたのだろう。
先程アイーシャと共に廊下を駆けていた護衛が部屋の前でアイーシャを待っていてくれており、アイーシャとリドルが到着した事で貴賓室の扉の向こうに声を掛け、扉を開けた。
「殿下、アイーシャ・ルドラン嬢とリドル・アーキワンデ卿が到着致しました、お通し致します」
事前に報告をしてくれていたのだろう。
あっさりと開かれた扉の向こうに、マーベリックも服装を整えた状態でソファに座ってアイーシャとリドルを待っていてくれた。
97
お気に入りに追加
5,672
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

本日より他人として生きさせていただきます
ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる