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しおりを挟む大切な思い出の場所だったそこが酷い惨状に成り果ててしまっていて、アイーシャはよろり、と一歩後退する。
「──っ、何で……っこんな事に……っ」
何度もこの邸で過ごす内に偶然見付けたのだろうか。
それとも、何かを知る為にこの場所を探していたのだろうか。
アイーシャはうろ、と視線を彷徨わせて室内をぐるりと見回すとある一箇所に目が止まり瞳を見開いた。
蔵書室の奥の書架の方。
書架には沢山の本が詰め込まれていた筈なのに、その場所だけ不自然で。
その一箇所だけ、ぽかりと穴が空いているかのように本が全て抜き取られている。
そこに、どんな本が収められていたのかは分からない。
けれどアイーシャは床に視線を向けて、本が落ちていない事を確認するとその場から踵を返して蔵書室の扉へと駆け出した。
「──っ、殿下に……っ、殿下にお伝えしないと……っ」
今の時間帯ならば、まだ起きていらっしゃるかもしれないとアイーシャは考えると、一心不乱に廊下を駆け戻った。
廊下を走り、急いでマーベリックとリドルの部屋がある上階へと向かう。
アイーシャのただならぬ様子に、廊下に居た護衛がぎょっとするが、アイーシャの表情を見ると駆けるアイーシャに自らも続き、声を掛けて来る。
「──ルドラン嬢……っ、何がありました……!」
「殿下にっ、殿下に急ぎお伝え下さい……っ! この邸内で、おかしな部屋があった、と……!」
「……っ、! 承知した……!」
アイーシャの言葉を聞き、護衛は頷くとアイーシャの隣を並走していたが王太子であるマーベリックが休む貴賓室へと速度を上げて駆け出した。
「──ルドラン嬢はリドル・アーキワンデ卿にお声を……! その後に貴賓室にお越しください!」
「かしこまりました!」
アイーシャの言葉を聞くと、護衛はそのまま前を真っ直ぐ見据え、長い長い廊下を駆けて行った。
アイーシャは護衛に告げられた通り、リドルの客間へと向かう。
この時ばかりはこんなに広い別邸に焦りが込み上げる。
アイーシャの父親が建てたのでは無く、数代前のルドラン子爵当主がこの別邸を建てたらしいがそれにしても土地があるからと言って、この規模はやり過ぎでは無いだろうか、とアイーシャは別邸の広さに無性に腹が立ってしまう。
貴賓室はこの別邸の奥の区画にある為、距離があるがリドルの客間はまだ近い方だ。
だが、それでも暫く廊下を走り、廊下を曲がりようやっとリドルの滞在している客間が視界に入ってアイーシャは走る速度を上げた。
「──夜分に申し訳ございません、アーキワンデ卿……っ!」
「ルドラン嬢……、この騒ぎは……」
アイーシャがリドルの客間の扉を叩くと、直ぐに中からリドルが姿を表した。
ばたばたと廊下を駆けて行った護衛の足音に何か起きたのだろうと察したのだろう。
リドルはゆったりとした室内用の簡素なシャツの上に上着を羽織り、部屋から出てくる。
流石にこの時間にアイーシャを部屋に通す事は避けたのだろう。リドルは外に出ても大丈夫な最低限の準備をしてアイーシャを出迎え、そのまま廊下へと出て来るとマーベリックの滞在している貴賓室の方向へと足を動かした。
「ルドラン嬢の表情から、何か良く無い事が起きたのかな……? 殿下の元へ向かう間、簡単に何が起きたのか情報を共有して貰えると助かる」
「はいっ、勿論です……!」
アイーシャとリドルが話しながら足を進め、客間が続く廊下を歩いているととある客間の前を通り過ぎる際に、中から物音が聞こえた。
その客間の扉の前には、マーベリックが連れて来ていた護衛が二人立っておりアイーシャは不思議そうな表情を浮かべたが、隣を歩くリドルにそっと背中に手を添えられて促される。
「それで……何が起きたのか聞いてもいいかな?」
「はい、実は──」
リドルと共に廊下を進み、マーベリックの貴賓室まで向かう間にアイーシャは端的に自分がその目で見てきた事を説明した。
アイーシャの説明が終わった頃。
丁度そのタイミングでマーベリックの貴賓室に到着したアイーシャとリドルは扉の前で足を止めた。
アイーシャから話を聞いたリドルは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
「……一先ず、今の話を殿下にしようか」
「はい」
アイーシャとリドルが到着するのを待っていてくれていたのだろう。
先程アイーシャと共に廊下を駆けていた護衛が部屋の前でアイーシャを待っていてくれており、アイーシャとリドルが到着した事で貴賓室の扉の向こうに声を掛け、扉を開けた。
「殿下、アイーシャ・ルドラン嬢とリドル・アーキワンデ卿が到着致しました、お通し致します」
事前に報告をしてくれていたのだろう。
あっさりと開かれた扉の向こうに、マーベリックも服装を整えた状態でソファに座ってアイーシャとリドルを待っていてくれた。
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