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しおりを挟む薄ぼんやりと灯った廊下の灯りと、手元のランタンの明かりだけを頼りにアイーシャは足を進める。
ひたひた、と自分が歩く音だけが響きこの別邸内にまるで自分一人だけしか居ないような気味の悪さを感じてしまう。
リドルや、マーベリック、共の護衛騎士達はアイーシャの客間がある階とは別の階にある客間と貴賓室をそれぞれ使用しており、この階にはアイーシャしか居ない。
この階に繋がる階段の所に護衛は立っているが、別邸とは言え邸内が広いこのルドラン子爵邸は廊下も長く、使用人も邸の維持の為に最低限の者しかいない。
使用人は、仕事が終われば地下にある自分の部屋へと戻ってしまう為アイーシャが居る階には本当に人の気配が無くなってしまう。
「──ルミアにも着いて来て貰えば良かったかしら」
アイーシャはついつい心細くなってしまい呟いてしまう。
自分の身の回りの事はある程度出来るから、と使用人を連れて来なかった事を後悔する。
何かあれば魔道具のベルを鳴らして下さいね、とはこの別邸の使用人に言われているが暗くて怖いから一緒に着いて来てくれ、などとは言えない。
「──クォンツ様だったら、邸内を見て回るの……楽しんでくださりそうだわ……」
アイーシャは思わずこの場には居ないクォンツの事を思い出してくすくすと笑う。
クォンツが消息不明の自分の父親を探しに向かってから一体どれだけの日にちが過ぎたのだろうか。
父親を無事見付ける事が出来たのだろうか、と考える。
「お怪我などしていないといいのだけれど……」
今頃、何処に居て、どう過ごしているのか。
アイーシャは窓の外に視線を向けてクォンツの無事を願った。
アイーシャは、子供の頃にこの邸内で遊んでいた記憶を頼りに邸内にある父親と母親が良く利用していた蔵書室へと向かう。
父親も、母親も少し変わった所があり普通あまり人が興味を抱かない分野の物から始まり、俗説的な根拠の無いただの噂話のような話を纏めた本などまで様々な分野の資料を集め、良く二人はその蔵書室に篭って会話をしていたような記憶がある。
今思えば、両親は探究心が強く、常に知識に飢えていたように感じる。
知らない事があれば目を輝かせて調べ、貪欲に知識を吸収し、知識外の物を自分の糧にして行く事に喜びを感じているようだった。
「──今、考えれば……お父様もお母様もちょっと変な方だったのかしら……」
アイーシャはふふっ、と小さく声を漏らして笑うととある部屋の前に辿り着き、ランタンを自分の顔の高さに持ち上げ、翳す。
両親が利用していた蔵書室は誰にも邪魔をされないように、と少し分かりにくい場所に隠されている。
アイーシャは、ランタンの灯りをで照らされた扉を見詰めてから取っ手に手を掛けて扉を開ける。
ぎい、と蝶番が錆びてしまっているのか不快な音を奏でながら扉が開き、アイーシャはそっとその扉の中へ入り込む。
室内は何の変哲もない小さな一室。
恐らく、アイーシャが子供の頃に利用していた遊び部屋だったような気がする。
子供の部屋等は通常邸の最上階にあるのだが、アイーシャの両親は自分達が多く過ごす階と同階にアイーシャが遊ぶ部屋を用意し、そこの部屋から蔵書室への階段も作ったのだろう。
アイーシャは部屋へ入室すると、くるりと周囲を見回す。
室内は綺麗に保たれているが、子供の頃に使用していた内装とは変わっている。
ケネブがエリシヤを連れてここに滞在する事が多くなり、内装をエリシャの好みに変えさせたのだろう。
アイーシャが両親と共に過ごした景色ががらり、と変わってしまっていてアイーシャは寂しさに俯いた。
もしかしたら、両親が利用していた蔵書室もケネブは発見していて、そこにも良く出入りしていたかもしれない。
「……っ、お父様と、お母様との思い出の場所が……変わってしまっているのは……嫌ね……」
けれど、アイーシャの両親はもうこの世には居ないのだ。
ルドラン子爵家の現当主はケネブで。当主が自分の邸にどう手を加えようとも咎める事が出来る訳が無い。
アイーシャが室内の奥。暖炉の側まで近付くと、暖炉の横──分かりにくいが暖炉の横の壁に魔力を流すと仕掛けが動く装置のような物がある。
アイーシャは、そこに自分の魔力を流し込み魔道具を起動した。
──こうして、魔力を流すと隠し部屋が出てくる、なんてワクワクしないか?
──貴方はいつまで経っても子供みたいなんだから……。ねぇ、アイーシャ? お父様みたいな旦那さんを連れて来ちゃ駄目よ?
ふ、とアイーシャの頭の中に両親の会話が思い出される。
いつだったか、アイーシャを抱っこした父親が子供のように瞳をキラキラとさせてアイーシャにそう語り、母親が呆れたように笑っていた。
「──……っ、」
アイーシャはくしゃり、と表情を歪めると静かに地下への階段が現れた事を確認して、階段へと足を進めた。
そうして。アイーシャが一番下まで降り立ち、蔵書室の扉を開けて自分の目の前に現れた光景に目を見開いた。
「え……、……っ、なにこれっ」
両親がいた景色が、テーブルと椅子があり、そこに腰掛けて楽しげに蔵書に目を通していた母親お気に入りのその場所が。
壁際に備え付けられた低いローチェストに腰掛けて蔵書を読み耽っていた父親のその場所が。
蔵書室は、まるで足の踏み場が無い程に蔵書類が床に散乱し、テーブルと椅子は部屋の隅に押しやられ倒され、壁際にあったローチェストは棚の中身も全て出され、ローチェストは壊れていた。
綺麗に整頓され、保たれていた蔵書室はまるで荒らされたように酷い光景に成り果ててしまっていて、アイーシャはその場に立ち尽くしてしまった。
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