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「さあ、明日は殿下とアーキワンデ卿と子爵領の別邸に行くのだから早く準備をしなくちゃね」
「あっ、そうでした……! 気付くのが遅く申し訳ございません、お荷物を纏めてしまいましょう!」

 アイーシャとルミアはそこで会話を一旦切り上げると、明日の移動の準備を始めた。



 アイーシャの暮らすルドラン子爵の邸は、王都の中心部にあり、明日向かう子爵領の別邸は馬車で数日ほど掛かる。
 王太子であるマーベリックがそんなに長い時間王城を離れる事になってしまい、大丈夫なのだろうか、とアイーシャは一瞬不安が頭を過ぎるがマーベリックが何か対策を講じていない訳は無いだろう。
 アイーシャはそう考えると、旅路に必要となる物をルミアと共に夜遅くまで談笑しながら準備を行った。



 翌日。
 早朝のまだ早い時間帯ではあるが、ルドラン子爵邸に王太子マーベリックの乗る馬車が姿を現し、アイーシャは夜遅くまでルミアと準備をしていた荷物を持ってマーベリックを出迎えた。

「アイーシャ・ルドラン嬢。朝早くからすまないな。ルドラン嬢もこちらの馬車に乗ってくれ」
「おはようございます、王太子殿下。少しの間ではございますが宜しくお願い致します」

 マーベリックと軽く挨拶を交わしたアイーシャは、マーベリックに促されるまま馬車へと乗り込み、先に乗っていたリドルと顔を合わせて表情を緩めるとリドルにも挨拶を行なった。

「アーキワンデ卿、おはようございます。宜しくお願い致しますね」
「ああ、おはようルドラン嬢。こちらこそ宜しく頼むよ」

 アイーシャとリドルがほんわか、と和やかな雰囲気で会話をしていると、マーベリックの言葉で馬車が出され、ゆっくりと走り出す。

 マーベリックが到着した際に、もう一台馬車が後ろにあったが、馬車の窓はしっかりと内側からカーテンが敷かれており中を確認する事は出来なかった。
 アイーシャは自分達の他にまだ馬車に乗っている人が居るのだろうか、と考えたがマーベリックの護衛達は皆、馬上に居るようで馬車で移動するうな人物は居なさそうだ。
 それならば、今回の道中必要な荷物達を運んでいるのだろうか、とアイーシャは大してそちらの馬車を気にする事は無かった。



 馬車での移動は順調に進み、ゆったりと余裕を持って三日程掛けて子爵領に到着すると、別邸のある隣国と程近いその場所へと進む。
 夕方頃に別邸に到着したアイーシャ達は、一先ず邸に到着すると荷物を客間に置き、その日は早めに休む事にして別邸内の確認は翌日に回す事になった。

 客間に置いた荷物を片しながら、アイーシャは室内にある窓から見える子爵領の景色に瞳を細める。
 幼少期に両親と過ごす事の多かったこの邸には、至る所に思い出がありアイーシャは唇を噛み締めるとそっと窓から視線を外す。

 両親の訃報が齎されたのは、酷く天候の悪い日で。
 雨風が強く、ガタガタと風に揺れる窓の音にアイーシャが震えている時にその報せは届いたのだ。

 何かの間違いであって欲しい、と何度思っただろうか。
 自分の両親はある日ひょっこりと仕事から戻って来るのでは無いだろうか、と何度考えただろう。

 だが、幼かったアイーシャのその考えを打ち砕くようにいつまで待っても両親が帰って来る事は無く、両親の葬儀が済む頃。アイーシャの今の義父であるケネブが自分の妻と娘を連れてアイーシャの目の前にやって来たのだ。

「……待って、そう言えば……この邸に頻繁に訪れていたお義父様とエリシャは、ここで何をしていたのかしら……」

 アイーシャが成長して行くにつれてケネブがこの邸に赴く事が多くなった。
 必ずと言っていい程、エリシャも共に連れて来ていた事を思い出す。

「お義父様は何の為にエリシャをここに連れて来たのかしら……」

 昨日は、タウンハウスのルドラン子爵邸の中を確認する事は出来なかった。
 恐らくマーベリックの口振りからして、この別邸で何かがあった事は確かなのだろう。
 タウンハウスでは無く、このような何も無い別邸に訪れていた例は今まで聞いた事も無い。

「……お父様とお母様が転落死した場所とそう離れていないこの別邸に、お義父様は何故か毎週通われていたわね……」

 毎週通わなければならない理由があったのだろう。

「……少しだけでも、邸内部を確認しておこうかしら……」

 アイーシャはそうぽつりと呟くと、ランタンを持って客間を出る事にした。
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