上 下
52 / 169

52

しおりを挟む

「──子爵家、の案内ですか……」

 アイーシャはマーベリックから告げられた言葉に困ったような表情を浮かべ苦笑する。

「……、? 何か問題でもあるのかルドラン嬢?」

 アイーシャのその表情に何処か引っ掛かりを覚えたマーベリックがそう問うと、アイーシャは何とも言えない顔をしてマーベリックに事情を説明した。

「えっと……。私がお義父様の仕事部屋である書斎や……プライベートルームに入室するのを嫌がられておりましたので……その、何処にどんな部屋があるのかはある程度ご案内出来ますが、室内に関しては殿下達と同じく……あまり力になれないかもしれません……」

 貴族の邸は広い。
 王都にあるタウンハウスは限られた土地に建てる為、カントリーハウス程の広大な広さを誇る程では無いが、それでもアイーシャのルドラン子爵家は莫大な財を築いて来た一族だ。
 タウンハウスもルドラン子爵家と同様の子爵位を持つ他の貴族の邸よりも面積は広く広大で。
 クォンツやリドルの侯爵家、公爵家程の広さは持ってはいないが、邸内を調べると言っても短期間で済まないであろう事は分かる。
 タウンハウスのみならず、領地にあるカントリーハウスまで調べる、と言う事になれば一体どれだけの時間が掛かってしまうのか。

 その事を危惧したアイーシャが申し訳無さそうに口にする言葉を聞き、マーベリックは「そうか」と小さく呟いた。

「……そうだ、そうだった……ルドラン子爵家は確か領地にカントリーハウスと複数の別邸を持っていたな……。それを全て調べて行くとすると骨が折れる……」
「は、はい……。目的の物を探すような魔道具などがあれば別ですが……」
「いや……。抽象的な物だからな……、魔道具でもそのような物を探すのは厳しいだろう……」

 マーベリックは一旦言葉を切ると考え込むようにして視線を床へと落とす。

(──欲しいのは、魅了魔法に関する物や古代語で書かれた書物……蔵書類……。そのような物がタウンハウスの邸宅にあればいいが……万が一にも見付かる可能性を避ける為にはタウンハウス内には持って来ない、か……? ならば、カントリーハウスの邸か……別邸……別荘代わりに利用していた場所に的を絞るか……)

 マーベリックは、ルドラン子爵家が治める領地を頭の中に思い浮かべる。

 そこは、奇しくもクォンツが消えた父親を探しに行った場所から程近い場所で。
 隣国とそう距離が離れていない場所。
 そして、アイーシャの両親が転落死した場所かはも離れていない場所。

「──……っ、」

 そこで、マーベリックはクォンツがアイーシャの両親の事故死について調べていた事を思い出す。
 王都を経つ前、クォンツは侯爵家からの正式な依頼として過去の事件の資料の謁見許可証を提出して来た事は記憶に新しい。

 クォンツはあのような大雑把な性格ではあるが、恐ろしく勘が鋭い男だ。
 その男が、過去の事件に何か不審点でも見付けて再び資料を確認し始めた。
 両親の事故死した場所はルドラン子爵の領地から離れていない隣国の山中。
 そうして、クォンツの父親の消息が絶たれた場所もその山中から程近い場所。
 そうして、クォンツ自身も現在その場所へと向かって居る。

(──何故、点と点が繋がるような……)

 マーベリックは嫌な汗が顬を伝うのを感じた。

「──……アイーシャ・ルドラン嬢……。君が……、ご両親を事故で亡くしてしまった後……」
「はい、?」

 マーベリックは懐に手を差し込むとかさり、と指先に当たったそれを取り出してアイーシャとリドルの目の前にあるテーブルへと広げる。

 それは、この国内の地図で。
 とても詳細に記されたその地図は、一般には出回っていない物だろう。
 要所要所の砦の名前や軍の配置まで記載されている機密的な情報が記載された地図だ。

 アイーシャはその地図を目に入れてひゅっ、と息を吸い込み直ぐに地図から視線を逸らそうとしたが、マーベリックにそのままで良いと言われ、アイーシャは戸惑いながら地図に記載されている文字をなるべく目に入れないようにしてそっと視線を地図に戻した。

「教えて欲しい、ルドラン嬢。……貴女が幼少期に、貴女の義父であるケネブ子爵と、義妹であるエリシャ・ルドランは頻繁にこの場所に行っていなかったか?」

 マーベリックがとん、と指先で指した場所はルドラン子爵領の最北端。
 隣国と一番距離が近く、アイーシャの両親が事故死した山中も直ぐそこにあり、クォンツの父親が消息不明となった山中が領地の中にある。

 アイーシャは、マーベリックの指先が指し示した場所に、子爵家の別邸があった事を思い出して驚きに目を見開いた後、こくりと頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が知らない女性とキスしてた~従順な婚約者はもう辞めます!~

ともどーも
恋愛
 愛する人は、私ではない女性を抱きしめ、淫らな口づけをしていた……。  私はエスメローラ・マルマーダ(18)  マルマーダ伯爵家の娘だ。  オルトハット王国の貴族学院に通っている。  愛する婚約者・ブラント・エヴァンス公爵令息とは七歳の時に出会い、私は一目で恋に落ちた。  大好きだった……。  ブラントは成績優秀、文武両道、眉目秀麗とみんなの人気者で、たくさんの女の子と噂が絶えなかった。 『あなたを一番に愛しています』  その誓いを信じていたのに……。  もう……信じられない。  だから、もう辞めます!! 全34話です。 執筆は完了しているので、手直しが済み次第順次投稿していきます。 設定はゆるいです💦 楽しんで頂ければ幸いです!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...