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 マーベリックの鋭い声音に呼応した衛兵達が即座にエリシャを取り囲み、ベルトルトに張り付いていたエリシャを床へと引き倒し、体を拘束する。

「──っ、いやぁっ! 私はっ! 何もしてないのに! お姉様よ、全部お姉様に言われたの!」

 エリシャが叫ぶ度に、室内から何かが破裂するような音が響き渡る。

「魔力封じの枷を付けている筈なのに……魔力だけは膨大だな」

 マーベリックは呆れたように呟くと、衛兵に更に上位の魔力封じの魔道具を持ってくるように伝える。

「エ、エリシャ……っ何がどうなって……っ」

 ベルトルトが戸惑い、怯んでいる間に床に押さえ付けた衛兵達がベルトルトをエリシャから遠ざける。

「ベルトルト様っ、ベルトルト様は私を信じて下さいますよね? ずっとずっと、お姉様に虐げられていた私を知っていますよね……? 鞭で打たれた私を知っていますよね?」
「ああ、勿論だよエリシャ嬢。アイーシャに打たれ、痛々しく腫れ上がった君の腕の傷を見た時に……エリシャ嬢を守らねば、と思ったのだから……!」
「エリシャに対してそのような事を……!」
「アイーシャ! お前が全て悪いのだから王太子殿下にご説明をして、お前がエリシャの代わりに拘束されろ! 今まで食わせてやっていたのに……っ、役にも立たぬお前を引き受け育ててやっていた恩を返せ!」

 アイーシャに対して好き勝手に残酷な言葉を紡ぐ子爵家の面々と、アイーシャの婚約者である筈のベルトルトに、リドルもマーベリックも呆れたように視線を向ける。
 リドルはエリシャが喚き出した辺りからアイーシャに近付き、アイーシャの耳を塞いでいたので子爵家の面々の言葉はアイーシャの耳には入って居ないだろう。

 クォンツは、王都を立つ前に「くれぐれもアイーシャを傷付けぬよう頼む」とリドルに言い含めて出立していた。

(……クォンツが戻った時にアイーシャ嬢が自分が側に居る時より傷付き悲しんでいたらあいつは何をするか分からないもんな……。我が国で上位の腕を持つ魔法剣士に暴れられたら軍に損害が出る)

「ア、アーキワンデ卿……?」
「ん、? ああ、申し訳無いルドラン嬢。強く塞ぎ過ぎてしまったか。頭に痛みは無いか?」
「え、ええ……、大丈夫です。──きっと、彼らがまた聞くに絶えない言葉を発していたのですよね……お気遣い頂きありがとうございます」

 アイーシャは、自分の耳を塞いでいてくれたリドルに眉を下げて笑いかければ、リドルも笑い返してくれる。



 最早、言い逃れ等が一切出来なくなったエリシャ達子爵家の面々は、衛兵に引き摺られながらそれでもアイーシャや、王太子であるマーベリックに言葉を放っている。

「マーベリック様……! マーベリック殿下……! 私を信じて下さいっ! これはっ、お姉様の陰謀ですっ」

(王太子殿下のお名前を勝手に口にするなんて……! 不敬罪で罰せられるわ……!)

 エリシャの失言に、アイーシャが真っ青になってエリシャの両親達に視線を向けるが、両親であるケネブとエリザベートはアイーシャに向かって恨みの籠った視線を向けて来るだけで話にならない。

 アイーシャが自分が咎めるしかないか、とエリシャとマーベリックに視線を向けた瞬間。

 ──パリン
 と、マーベリックが耳にしていた魔法石の付いていたイヤリングが弾け飛んだ。

 粉々になり、目の前で弾け散り自分の足元にパラパラと落ちて行く様を、マーベリックは驚愕に見開かれた瞳で凝視する。
 その額には薄らと汗が一筋伝っており、良くない事が起きたのだろう、と言う事が遠目にも見て取れる。

「──これ程、とは……」
「……っ、殿下! 枷ですっ! 直ぐに装着致します!」

 バタバタと大慌てでやって来た衛兵が、喚いているエリシャの口に布を入れ込み、口を塞ぐ。
 そうしてエリシャの両腕に枷を嵌めると、暴れるエリシャを引き摺って行き、部屋から連れ出した。

 連れ出されて行く中、エリシャはアイーシャに言葉では言い表せる事が出来ない程の感情の籠った視線を向けており、アイーシャはエリシャのその視線にそっと自分の腕を撫でようとして、自分の腕が枷によって自由を奪われている事に気付いた。
 その事に気付いたのはマーベリックも同じなようで。
 アイーシャに視線を向けると、すたすたとアイーシャに近付いて来る。

「アイーシャ・ルドラン嬢。拘束をしてすまなかったな。……今外そう」
「──えっ、?」

 マーベリックが自分の指先に魔力を込めると、アイーシャの腕を拘束していた枷を指先でつん、と軽く叩く。
 すると忽ちアイーシャの枷はガシャリ、と音を立てて床へと落下し。近くに控えていた衛兵がその枷を素早く回収した。

 アイーシャが自分の解放された腕に目を向けた後、混乱するままマーベリックに視線を移すと、マーベリックは眉を下げて苦笑している。

「いや、すまない。貴女をこの場所に連れて来たのは子爵家の面々の思惑を暴く為だったのだが……。報告にあった、貴女個人への憎悪だけなのか、それともそれを隠れ蓑にして本当の思惑が裏にあるのか……確認したかったのだけれどな……。裏の思惑など無いような浅はかな結末だった、のか……」
「それ、は……」

 マーベリックにちらり、と背後を視線で示され、アイーシャもそちらに視線を向けるとアイーシャに向かって未だに何やら口汚い言葉達を放つかつての両親が居る。

「あれらは……エリシャ・ルドランが使用していたような魔法は放っていない……。先程から王城に設置された精神干渉の防御結界が発動していないからな……」
「あの人達は、……どうなるのですか?」

 アイーシャの言葉に、マーベリックは微笑みを浮かべるとゆったりと唇を開いた。

「王城で身柄を押さえたまま、エリシャ・ルドラン嬢が何故あのような魔法を取得したのか……尋問だな……。信用魔法だけならばまだしも、魅了に消滅魔術ロストソーサリィは少しばかりやり過ぎだ」
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