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 今までであれば、傷付く事なんて無かった言葉。
 それが今は、エリシャの言葉が深く深く心に突き刺さり、アイーシャの柔く脆い心を抉った。

「──……っ、」
「……っ!」

 アイーシャの表情が歪んだ事に隣を歩き、じぃっとアイーシャの表情を見詰めていたエリシャが目敏く気付いた。

(──お姉様が傷付いている!)

 エリシャはアイーシャのその表情にえも言われぬぞくぞくとした快感を得る。
 エリシャは自分の口元を厭な笑みの形に歪めると更にアイーシャを容赦無い言葉達で刺し貫く。

「そっかー……クォンツ様もただ単に可哀想なお姉様を助けてあげただけなんですね。ふふっ、確かにお家で、お父様やお母様にあんな風に怒られて……怪我までされちゃいそうになっているのを目の前で見ちゃったら同情しちゃいますもんね?」

 でも、全部お姉様の自業自得なのに狡いですね、とエリシャはにこやかにアイーシャに言葉を放つ。
 一見して「悪気が無いように見える」エリシャの言葉は、本人も笑顔でさらりと告げている為に周囲の者に悪気があって他者を貶めるようには見えない。

 エリシャはちらり、とアイーシャに視線を向けると更に優越感に浸る。

 今まではエリシャの言葉になど一切反応しなかったアイーシャの瞳が動揺に揺れていて、あからさまに傷付いている。

 ベルトルトはアイーシャの怪我の事を気にしているようで、エリシャの言葉にアイーシャが傷付いて居る事になど一切気付いている様子が無く、エリシャは益々笑みを深くした。

「──お姉様、なるべく早く邸に戻った方が良いと思いますよ。お父様も、お母様も今だったらお姉様の無礼を許してくださると思いますし」
「……アイーシャ・ルドラン嬢はルドラン子爵邸に戻すつもりは無いよ」

 エリシャが隣に居るアイーシャの顔を覗き込み、にんまりと口元に歪めた笑みを浮かべながらそう言葉を掛けると、エリシャの言葉に返って来たのはアイーシャの言葉でも無く、ベルトルトの言葉でも無く。

 いつからそこに居たのだろうか。不愉快そうにエリシャに向かってリドル・アーキワンデが佇んで居た。



「アーキワンデ卿……」
「おはよう、ルドラン嬢。今朝は迎えに行けなくてすまないね」

 リドルは、学園の入口に同じ学園役員の者だろうか。スラッとしたリドルとは違い、体を鍛えているのが制服の上からでも良く分かる学園の男子生徒と共に立ち、アイーシャを待っていたようだった。

「情けないが、俺はクォンツ程体を鍛えていなかてね……恥ずかしい限りではあるが、ルドラン嬢を背負って教室まで行ってくれるのがこの男だ。この学園役員の一員で、トラジスタと言う」
「初めまして、ルドラン嬢。トラジスタ・マークナーだ。触れる事に許してくれ」

 トラジスタ・マークナーと呼ばれた男子生徒は、アイーシャににかっと笑顔を向けて挨拶をするとスタスタとアイーシャの元へと向かい、アイーシャに背中を向けてその場にしゃがみ込んだ。

「えっ、えっ、あ、申し遅れましたっ。アイーシャ・ルドランです……けど、本当によろしいのでしょうか?」
「ああ、勿論だよ。ルドラン嬢。クォンツから学園ではルドラン嬢を頼む、と連絡があったからね。……朝の会議で迎えに行けなかったけれど、明日以降は役員の内誰かを君の迎えに必ず同行させるから、安心してくれ」

 戸惑うアイーシャに、リドルは否と言わせない何処か圧の感じる笑顔を浮かべると、エリシャとベルトルトにちらりと視線を向ける。

「エリシャ・ルドラン嬢……。君の家には王城に登城する支度をしておいてくれ、と言った筈だが……。呑気に学園に登校している暇があるのかい? 登城は明日だぞ?」
「はい? だって、準備と言っても……特に何を準備するか分かりませんし……。それでしたら学園に向かった方がいいと思いまして! 学生の本分ですから!」

 エリシャはふふん、と得意気に笑顔を浮かべると自分の胸を張り、手を当てている。

 何処からその自信が現れているか分からないが、リドルはエリシャを興味無さげに一瞥するとアイーシャを背負ったトラジスタと共に学園の中へと向かいながらちらりと背後に振り返った。

「──今までの自分の行いを反省する良い機会になればいいと思うがな……」

 ぼそり、と呟いたリドルの言葉はエリシャの耳には届かず、そうして翌日エリシャと両親は王城へと登城する事になる。
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