【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

文字の大きさ
上 下
38 / 169

38

しおりを挟む

 それからは、クォンツに呼ばれた妹シャーロットがアイーシャに与えられた客間にやって来て、マナーの勉強のスケジュールを組むと言う名のお喋りメインのお茶会をして。

 夕食時になるとクォンツのユルドラーク侯爵邸の食堂に案内し、そこで初めて侯爵位を継いでいて当主であるクォンツの母親と顔を合わせた。
 クォンツの母であるユルドラーク侯爵は、白銀の美しい髪の毛を持ち、瞳はクォンツと同じ金の色をしていて、顔立ちもクォンツととても似ている。
 クォンツの父親である、侯爵の伴侶は根っからの戦闘狂で。今も尚魔物討伐に国中をあちらこちらと駆け回っているそうだ。

「戦闘狂な父親に似てしまったのか、息子も好戦的で戦闘狂いの性格になってしまっている、と日々悩んでいたが……。嫡男としてまともな思考が出来ている事を知り、ほっとしたよ」

 クォンツの母親はにんまりと笑顔を浮かべると挑戦的な視線をクォンツに向けて鼻を鳴らす。

 夕食の席で、初めて顔を合わせたクォンツの母に対して、アイーシャが謝罪と感謝を述べたのだが、アイーシャの言葉に返って来たのがその言葉で。
 アイーシャは侯爵の言葉を全部は理解出来なかったが、少なくとも迷惑だ、と負の感情を抱かれていない事に安堵した。

「アイーシャ嬢。自分の家だと思え、と言われても難しいかもしれないが、まあ……シャーロットをよろしく頼むよ。ゆっくり休んでくれ」
「──は、はいっ! 少しの間お世話になります、よろしくお願い致します!」

 口元を真っ白い生地のナフキンで拭った後、侯爵は席を立ち口元に笑みを浮かべるとアイーシャに笑いかけてから食堂を出て行った。



 アイーシャは、席を立ち頭を下げていた体勢からふっ、と力を抜くと椅子に腰を下ろした。

「き、緊張しました……」
「だから言ったろ。緊張して会うような母親じゃねえんだよ」
「だ、だって侯爵様ですよ……っそのような高貴な身分のお方とお会いするの初めてなのです……っ」
「あー……、そうか……。そうだよな……俺とリドルは良く王城に行っていたし、王太子殿下とも普通に会うがそっか、アイーシャ嬢はまだデビュタントもまだだもんな……だが、別に高位の爵位を持ってたって臆する事はねえんじゃねえの? 縮こまって本来の自分を見て貰えねえ方が損だろ」

 クォンツはケロッとした様子で食事を再開させると、隣に座るシャーロットに「なあ?」と同意を求める。

「……でもお兄様はちょっと楽観的ですわ。……"普通"は身分の高い人に会えば緊張しますし、上手く自分を出せないものですもの」

 シャーロットはじとっとした目でクォンツを見詰める。

「お兄様はお父様に似て討伐ばかり行っていたから、ちょっとあれですの、アイーシャ嬢」

 こそこそ、とアイーシャに声を潜めてそう告げるシャーロットに、クォンツが「おい」と不貞腐れたような声を掛ける。

 アイーシャは、子爵家では賑やかな食卓に自分だけが入れなかった事が遠い昔のように思えて、賑やかで楽しい夕食を楽しんだのだった。





◇◆◇

 アイーシャ達が暮らす、王都から遠く遠く離れた山中。

 一人の男は、冒険者と共に魔物退治の為に山中へとやって来ていたが、目の前に広がる光景にじり、と一歩後ずさった。

 近場に倒れているのは、数週間前に仲間になった冒険者達で。
 既にその冒険者達は事切れており、ぴくりとも動かない。

「──おいおい……こんな魔物……、見た事も聞いた事もねえぞ……」

 男は、まるで誰かを彷彿とさせるような濃紺の夜明けのような髪の毛を風に靡かせながら、じりじりと目の前の魔物から距離を取る。



 男の目の前に居た魔物は、ギョロリと濁った紫色の瞳を男に向けると、裂ける程大きな口を開けて毒霧を噴射した。

 男は咄嗟に自分の目の前に毒霧を防ぐような障壁を魔法で創り出したが、目の前の魔物に気を取られ過ぎてしまったのだろう。
 男の背後から、黒い影が伸びて来て頭上からすっぽり、と男を覆う。

「──しまっ、」

 男が焦り、瞳を見開いた瞬間。
 男の死角から長い魔物の尾が凄まじい速度で伸びてきて、男を弾き飛ばした。

 そうして、男の体が飛ばされたその先には先程毒霧を吐いた魔物が待っていて。
 魔物が再びかぱり、と大きく大きく口を開いた。

 数瞬後、男の姿は毒霧の向こうに消えた。



 奇しくもそこは、その山中は。
 隣国との国境にある山で。
 山中を進めば隣国の国土に入る場所だ。

 アイーシャの両親が不幸にも転落死した場所は、目と鼻の先であった。

しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 402

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。 自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。 そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。 さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。 ◆エールありがとうございます! ◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐 ◆なろうにも載せ始めました ◇いいね押してくれた方ありがとうございます!

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...