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 それからは、クォンツに呼ばれた妹シャーロットがアイーシャに与えられた客間にやって来て、マナーの勉強のスケジュールを組むと言う名のお喋りメインのお茶会をして。

 夕食時になるとクォンツのユルドラーク侯爵邸の食堂に案内し、そこで初めて侯爵位を継いでいて当主であるクォンツの母親と顔を合わせた。
 クォンツの母であるユルドラーク侯爵は、白銀の美しい髪の毛を持ち、瞳はクォンツと同じ金の色をしていて、顔立ちもクォンツととても似ている。
 クォンツの父親である、侯爵の伴侶は根っからの戦闘狂で。今も尚魔物討伐に国中をあちらこちらと駆け回っているそうだ。

「戦闘狂な父親に似てしまったのか、息子も好戦的で戦闘狂いの性格になってしまっている、と日々悩んでいたが……。嫡男としてまともな思考が出来ている事を知り、ほっとしたよ」

 クォンツの母親はにんまりと笑顔を浮かべると挑戦的な視線をクォンツに向けて鼻を鳴らす。

 夕食の席で、初めて顔を合わせたクォンツの母に対して、アイーシャが謝罪と感謝を述べたのだが、アイーシャの言葉に返って来たのがその言葉で。
 アイーシャは侯爵の言葉を全部は理解出来なかったが、少なくとも迷惑だ、と負の感情を抱かれていない事に安堵した。

「アイーシャ嬢。自分の家だと思え、と言われても難しいかもしれないが、まあ……シャーロットをよろしく頼むよ。ゆっくり休んでくれ」
「──は、はいっ! 少しの間お世話になります、よろしくお願い致します!」

 口元を真っ白い生地のナフキンで拭った後、侯爵は席を立ち口元に笑みを浮かべるとアイーシャに笑いかけてから食堂を出て行った。



 アイーシャは、席を立ち頭を下げていた体勢からふっ、と力を抜くと椅子に腰を下ろした。

「き、緊張しました……」
「だから言ったろ。緊張して会うような母親じゃねえんだよ」
「だ、だって侯爵様ですよ……っそのような高貴な身分のお方とお会いするの初めてなのです……っ」
「あー……、そうか……。そうだよな……俺とリドルは良く王城に行っていたし、王太子殿下とも普通に会うがそっか、アイーシャ嬢はまだデビュタントもまだだもんな……だが、別に高位の爵位を持ってたって臆する事はねえんじゃねえの? 縮こまって本来の自分を見て貰えねえ方が損だろ」

 クォンツはケロッとした様子で食事を再開させると、隣に座るシャーロットに「なあ?」と同意を求める。

「……でもお兄様はちょっと楽観的ですわ。……"普通"は身分の高い人に会えば緊張しますし、上手く自分を出せないものですもの」

 シャーロットはじとっとした目でクォンツを見詰める。

「お兄様はお父様に似て討伐ばかり行っていたから、ちょっとあれですの、アイーシャ嬢」

 こそこそ、とアイーシャに声を潜めてそう告げるシャーロットに、クォンツが「おい」と不貞腐れたような声を掛ける。

 アイーシャは、子爵家では賑やかな食卓に自分だけが入れなかった事が遠い昔のように思えて、賑やかで楽しい夕食を楽しんだのだった。





◇◆◇

 アイーシャ達が暮らす、王都から遠く遠く離れた山中。

 一人の男は、冒険者と共に魔物退治の為に山中へとやって来ていたが、目の前に広がる光景にじり、と一歩後ずさった。

 近場に倒れているのは、数週間前に仲間になった冒険者達で。
 既にその冒険者達は事切れており、ぴくりとも動かない。

「──おいおい……こんな魔物……、見た事も聞いた事もねえぞ……」

 男は、まるで誰かを彷彿とさせるような濃紺の夜明けのような髪の毛を風に靡かせながら、じりじりと目の前の魔物から距離を取る。



 男の目の前に居た魔物は、ギョロリと濁った紫色の瞳を男に向けると、裂ける程大きな口を開けて毒霧を噴射した。

 男は咄嗟に自分の目の前に毒霧を防ぐような障壁を魔法で創り出したが、目の前の魔物に気を取られ過ぎてしまったのだろう。
 男の背後から、黒い影が伸びて来て頭上からすっぽり、と男を覆う。

「──しまっ、」

 男が焦り、瞳を見開いた瞬間。
 男の死角から長い魔物の尾が凄まじい速度で伸びてきて、男を弾き飛ばした。

 そうして、男の体が飛ばされたその先には先程毒霧を吐いた魔物が待っていて。
 魔物が再びかぱり、と大きく大きく口を開いた。

 数瞬後、男の姿は毒霧の向こうに消えた。



 奇しくもそこは、その山中は。
 隣国との国境にある山で。
 山中を進めば隣国の国土に入る場所だ。

 アイーシャの両親が不幸にも転落死した場所は、目と鼻の先であった。

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