35 / 169
35
しおりを挟む「──シャーロット」
クォンツが優しい声音で名前を呼ぶと、シャーロットと呼ばれた少女は嬉しそうに笑顔を見せながらクォンツに抱き着いた。
「お兄様、そちらの女の人は……?」
じぃっと夕焼け色のような赤み掛かったオレンジ色の大きな瞳がアイーシャを見詰めて来て、アイーシャはシャーロットと呼ばれた少女に笑顔を向ける。
「アイーシャ嬢、妹のシャーロットだ。年は十一で、……勉強が嫌いでな……」
「もうっ! お兄様お客様にそんな恥ずかしい事言わないで下さいっ!」
「ははっ、悪い悪い。だが本当の事だろう? シャーロット、俺の通う学園の友人でアイーシャ嬢だ。今日からお前のマナーの先生を頼んだ、しっかり学べよ?」
「……学園の友人ですか? 恋人じゃなくて?」
シャーロットの「恋人」と言う言葉に、アイーシャもクォンツも慌てて否定する。
「ゆ、友人です……っ! そんなっ、私がクォンツ様の恋人なんて……っ! 恐れ多いっ」
「友人だ……っ! 恋人だったらお前じゃなくて両親に先に紹介する……っ!」
アイーシャは本心からそう思って否定している様子であるが、クォンツは羞恥の方が強く妹であるシャーロットに頬を赤く染めて必死にぶんぶんと両手を振っている。
シャーロットはふぅん、とアイーシャとクォンツそれぞれに視線を向けるとその後にアイーシャの足首に視線が止まった。
「──アイーシャさん、足を怪我して……?」
シャーロットのその言葉にクォンツは思い出したかのようにはっとすると、アイーシャに向き直る。
「アイーシャ嬢、悪い。長い事歩いて来て痛みも増しただろう。シャーロット、後で客間に来てくれ。そこで今後の事を説明するからな」
「分かりました、お兄様っ。アイーシャさんも、また後で!」
シャーロットはクォンツとアイーシャに向かって手を振るととととっ、と降りてきた階段を駆け上って戻って行ってしまった。
その様子を見て、アイーシャは慌てたようにクォンツに顔を向ける。
「ク、クォンツ様……シャーロット嬢にちゃんとご挨拶出来ないままですが、いいんでしょうか」
「ああ、一先ず今はいい。客間に行って落ち着いてからまたシャーロットを交えて話そう」
クォンツはそう言うなり、アイーシャをひょいと抱き上げるとそのまま大階段の方へと足を向けて階段を上がり始めてしまう。
アイーシャは自分で上る、と必死に訴えたがクォンツがアイーシャの言葉を聞き入れる事は無く、客間に到着するまでしっかりと抱えられて行ってしまった。
客間に到着し、アイーシャをソファに座らせるとクォンツもアイーシャの向かいに腰を下ろす。
お茶を入れてくれた使用人が部屋を退出するのを確認して、クォンツはアイーシャに向かって真剣な表情で唇を開いた。
「アイーシャ嬢。これからのアイーシャ嬢の事だが……」
「──っ、はい」
アイーシャもぴん、と室内の空気が緊張感を孕んだ物に変わり自らも背筋を伸ばす。
「ルドラン子爵からアイーシャ嬢を保護する名目でアイーシャ嬢をこの邸に連れて来たが、正式にルドラン子爵のアイーシャ嬢に対する暴行と監禁により身の危険が生じた為に保護した、と国に提出する予定だ」
「──っ、監禁……」
「ああ、だがそうだろう? アイーシャ嬢の父親であるケネブ子爵が行った事は立派な犯罪行為じゃないか? 先程も、器が頭に直撃したら? 打ち所が悪ければ命に関わるし、そうでなくても直撃していたら大怪我を負っている。そして、閉じ込められた、と言われていたが……施錠をされた状態で内から開ける事が出来ないならば例えそれが自室だったとしても監禁罪にあたらないか? ちなみにアイーシャ嬢は自室に閉じ込められていたのか? それとも別の部屋?」
クォンツの言葉に、アイーシャはつい視線を泳がせてしまう。
アイーシャのその様子にクォンツは眉を顰めるとアイーシャに向かって言葉を続ける。
「──まさか、劣悪な環境じゃねえだろうな? 隠さず吐けよ」
「……そのっ、地下の備蓄庫、です……」
「──はぁ!?」
クォンツは信じられない、と言うように声を荒らげるとアイーシャにじとっとした視線を向ける。
「……隠し立てすんなよ。国に報告すんだから、しっかりと本当の事を言えよ?」
「……わ、かりました……っ」
確かに、国に報告するのに虚偽を報告する訳には行かない。
アイーシャは、先日の閉じ込めの事、閉じ込めに至った理由をクォンツに話して説明した。
「……劣悪な環境じゃねーか……若い令嬢が耐えられるような場所じゃねえだろ……」
アイーシャの説明を聞き終えたクォンツは、思わず自分の頭を抱える。
そのような劣悪な場所に閉じ込められたと言うのに当の本人であるアイーシャはまるで慣れた事のようにけろり、と説明するのでついつい忘れがちになってしまうが地下の備蓄庫は大抵、使用人達が利用する部屋や台所がある階よりも更に下層にある。
そうなれば太陽の光も届かず、地面はじめっとして虫や小動物だっているだろう。
だが、アイーシャはまるで慣れているとでも言うように怯える事も、思い出して嫌悪に表情を歪める事も無い。
(──は、? ちょっと、待て……慣れた様子……?)
クォンツはそこではた、と自分の考えに気付く。
「アイーシャ嬢……っ! まさか、備蓄庫に閉じ込められたのは初めてじゃねえのか!?」
「──はい」
またもやけろりとした様子で頷くアイーシャに、クォンツは額を抑えた。
「……アイーシャ嬢、麻痺しちまってんのかもしれねえが……昔からそんな事が常習化してんなら、立派な虐待だ……。幼少期から……、ご両親が亡くなってしまった後……弟夫婦に引き取られてからのあの子爵家での生活を思い出せる限り教えてくれ」
108
お気に入りに追加
5,669
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる