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しおりを挟む「──シャーロット」
クォンツが優しい声音で名前を呼ぶと、シャーロットと呼ばれた少女は嬉しそうに笑顔を見せながらクォンツに抱き着いた。
「お兄様、そちらの女の人は……?」
じぃっと夕焼け色のような赤み掛かったオレンジ色の大きな瞳がアイーシャを見詰めて来て、アイーシャはシャーロットと呼ばれた少女に笑顔を向ける。
「アイーシャ嬢、妹のシャーロットだ。年は十一で、……勉強が嫌いでな……」
「もうっ! お兄様お客様にそんな恥ずかしい事言わないで下さいっ!」
「ははっ、悪い悪い。だが本当の事だろう? シャーロット、俺の通う学園の友人でアイーシャ嬢だ。今日からお前のマナーの先生を頼んだ、しっかり学べよ?」
「……学園の友人ですか? 恋人じゃなくて?」
シャーロットの「恋人」と言う言葉に、アイーシャもクォンツも慌てて否定する。
「ゆ、友人です……っ! そんなっ、私がクォンツ様の恋人なんて……っ! 恐れ多いっ」
「友人だ……っ! 恋人だったらお前じゃなくて両親に先に紹介する……っ!」
アイーシャは本心からそう思って否定している様子であるが、クォンツは羞恥の方が強く妹であるシャーロットに頬を赤く染めて必死にぶんぶんと両手を振っている。
シャーロットはふぅん、とアイーシャとクォンツそれぞれに視線を向けるとその後にアイーシャの足首に視線が止まった。
「──アイーシャさん、足を怪我して……?」
シャーロットのその言葉にクォンツは思い出したかのようにはっとすると、アイーシャに向き直る。
「アイーシャ嬢、悪い。長い事歩いて来て痛みも増しただろう。シャーロット、後で客間に来てくれ。そこで今後の事を説明するからな」
「分かりました、お兄様っ。アイーシャさんも、また後で!」
シャーロットはクォンツとアイーシャに向かって手を振るととととっ、と降りてきた階段を駆け上って戻って行ってしまった。
その様子を見て、アイーシャは慌てたようにクォンツに顔を向ける。
「ク、クォンツ様……シャーロット嬢にちゃんとご挨拶出来ないままですが、いいんでしょうか」
「ああ、一先ず今はいい。客間に行って落ち着いてからまたシャーロットを交えて話そう」
クォンツはそう言うなり、アイーシャをひょいと抱き上げるとそのまま大階段の方へと足を向けて階段を上がり始めてしまう。
アイーシャは自分で上る、と必死に訴えたがクォンツがアイーシャの言葉を聞き入れる事は無く、客間に到着するまでしっかりと抱えられて行ってしまった。
客間に到着し、アイーシャをソファに座らせるとクォンツもアイーシャの向かいに腰を下ろす。
お茶を入れてくれた使用人が部屋を退出するのを確認して、クォンツはアイーシャに向かって真剣な表情で唇を開いた。
「アイーシャ嬢。これからのアイーシャ嬢の事だが……」
「──っ、はい」
アイーシャもぴん、と室内の空気が緊張感を孕んだ物に変わり自らも背筋を伸ばす。
「ルドラン子爵からアイーシャ嬢を保護する名目でアイーシャ嬢をこの邸に連れて来たが、正式にルドラン子爵のアイーシャ嬢に対する暴行と監禁により身の危険が生じた為に保護した、と国に提出する予定だ」
「──っ、監禁……」
「ああ、だがそうだろう? アイーシャ嬢の父親であるケネブ子爵が行った事は立派な犯罪行為じゃないか? 先程も、器が頭に直撃したら? 打ち所が悪ければ命に関わるし、そうでなくても直撃していたら大怪我を負っている。そして、閉じ込められた、と言われていたが……施錠をされた状態で内から開ける事が出来ないならば例えそれが自室だったとしても監禁罪にあたらないか? ちなみにアイーシャ嬢は自室に閉じ込められていたのか? それとも別の部屋?」
クォンツの言葉に、アイーシャはつい視線を泳がせてしまう。
アイーシャのその様子にクォンツは眉を顰めるとアイーシャに向かって言葉を続ける。
「──まさか、劣悪な環境じゃねえだろうな? 隠さず吐けよ」
「……そのっ、地下の備蓄庫、です……」
「──はぁ!?」
クォンツは信じられない、と言うように声を荒らげるとアイーシャにじとっとした視線を向ける。
「……隠し立てすんなよ。国に報告すんだから、しっかりと本当の事を言えよ?」
「……わ、かりました……っ」
確かに、国に報告するのに虚偽を報告する訳には行かない。
アイーシャは、先日の閉じ込めの事、閉じ込めに至った理由をクォンツに話して説明した。
「……劣悪な環境じゃねーか……若い令嬢が耐えられるような場所じゃねえだろ……」
アイーシャの説明を聞き終えたクォンツは、思わず自分の頭を抱える。
そのような劣悪な場所に閉じ込められたと言うのに当の本人であるアイーシャはまるで慣れた事のようにけろり、と説明するのでついつい忘れがちになってしまうが地下の備蓄庫は大抵、使用人達が利用する部屋や台所がある階よりも更に下層にある。
そうなれば太陽の光も届かず、地面はじめっとして虫や小動物だっているだろう。
だが、アイーシャはまるで慣れているとでも言うように怯える事も、思い出して嫌悪に表情を歪める事も無い。
(──は、? ちょっと、待て……慣れた様子……?)
クォンツはそこではた、と自分の考えに気付く。
「アイーシャ嬢……っ! まさか、備蓄庫に閉じ込められたのは初めてじゃねえのか!?」
「──はい」
またもやけろりとした様子で頷くアイーシャに、クォンツは額を抑えた。
「……アイーシャ嬢、麻痺しちまってんのかもしれねえが……昔からそんな事が常習化してんなら、立派な虐待だ……。幼少期から……、ご両親が亡くなってしまった後……弟夫婦に引き取られてからのあの子爵家での生活を思い出せる限り教えてくれ」
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